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進化的軍拡競争:「同じ場所にとどまるためにはできるかぎり速く走りつづけなければならない」という不思議の国のアリスのロジック。 #EAR Ⅰ|進化心理マガジン「HUMATRIX」

"「わたしたちの国でなら」 まだ少し息を切らせながらアリスが言います。「ふつうはどこかへゆきつくわけよ 今わたしたちが走ったみたいに長い間急いで走ったら」。"

"「なんてのろまな国でしょう!」と、女王はあざけりました。「ねえ、おまえもわかっただろうけど、この国じゃあね、おなじ場所にとまってるのにも、ちからいっぱい走らなきゃだめなのよ。もしもほかの場所へゆきたかったら、少なくとも今の二倍は速く走らなきゃ」。"

(ルイス‪·‬キャロル『不思議の国のアリス』)



# 進化的軍拡競争のみなもと


食べる。食べられる。

食われたら淘汰されるので逃げる。食えなきゃ淘汰されるので追いかける。

「捕食」をめぐる闘争は、生命界の日常だ。

地球上での生命の始まりはおよそ38億年前で、そのころの生命体の唯一のミッションは〝再生産/リプロダクション〟だった。

リプロダクションには成長が必要で、成長にはエネルギーが必要だった。太陽が地球に与える熱と光が、生物のエネルギー源となった───植物は30億年前に光合成というプロセスを進化させた。

だが、そうやって植物が蓄えたエネルギー源を、横取りするものが現れた。動物だ。動物は、植物を食べるだけでなく、他の動物をも食べはじめた。「捕食」活動の起源は5億〜5億5000万年前にさかのぼるといわれる。

食べるという〈攻撃〉に対しては〈防御〉が進化する。食べられるのを回避する防衛機構が、被食者(獲物)側に発達する。それに対して捕食者も、捕まえて食べる方法を進化的に改善させる。

Predator / Prey(捕食者/ 獲物)関係は、進化的軍拡競争のみなもとだ。生命体は自分のリソースを守り、他者を攻撃してそのリソースを奪い取る。攻撃側と防御側はお互いに高度に有能に進化していく。

ブルース=シュナイアーは、「時速50キロで逃げられるウサギは、イタチが時速47キロでしか走れたなければ進化的に優位にあるが、捕食者側が時速53キロで走れたら、進化的に不利になる」という、よく例に持ち出される捕食者ー被捕食者間の"足の速さ" を競い合う進化的軍拡競争の例を一目でわかるように図示してくれている;

(ブルース‪·‬シュナイアー著、山形浩生訳 『信頼と裏切りの社会』NTT出版、2013年)


ウサギがいま速く走れるのは、足の遅いウサギ個体がイタチに食い殺された「おかげ」であり、イタチが速く走れるのは、足の遅いイタチ個体がウサギを狩れずに餓死した「おかげ」だ。


両者は進化的なスケールで追いかけっこをする。

絶対速度は向上、相対速度はおおむね一定」というのがミソだ。

このような捕食-被食関係の淘汰は正のフィードバックループを生み、爆発的な進化を起こす。

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