改訳『アイヌ神謡集』より「銀の滴(しずく) 降る降るまわりに」
ノート
シコダさんより新年の出題(2016/01/07 23:59)。岩波文庫『アイヌ神謡集』より知里幸惠「銀の滴(しずく) 降る降るまわりに」。
梟の神がみずから歌った謠
しろかにっぺ らんらん ぴーしゅかん
Ⅰ
しろかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
こんかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
歌いながら、川に沿うてわたしはひらり、
人間の村の上空を通りかかり
見ると、ひところの金持たずが金を持ち、
ひところの金持ちが金持たずへと落ち、
さては、おもちゃのちいさな弓を持っている
子供たちが、海辺で矢遊びをしている。
しろかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
こんかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
歌いながら、子供らの上空をゆらり
しているとわたしを追いかけ子らは走り、
「きれいな鳥だな! カムイの鳥だ」と言って、
「さあ、あの鳥、あの神様の鳥を射って、
射当てて一番先に手に入れた者は、
ほんとうの勇者だ、ほんとうのつわものだ!」
Ⅱ
むかし金持たずだった金持ちの子らが、
金のちいさな弓で金の矢を射ったが、
矢は、わたしが飛ぶそのしたを通り過ぎる。
矢は、わたしが飛ぶそのうえを通り過ぎる。
そんなことをしている子供たちのなかに、
ただの木造りのちいさな弓と木の矢に、
いかにも金持たずの子らしい子がひとり、
その着ている着物からもそうだと解り、
けれども、よく見ると、えらい人の子孫で、
孤独に変り者として混じってそこで、
じぶんもただの弓にただの矢を番える。
そして神であるわたしを狙っている。
まえは金持たずだった金持ちの子らが、
その姿を嘲って笑ってはいるが……
「あら、馬鹿だな! 金持ちの子でもないくせに!
おれたちの金の矢でも、獲れなかったのに!
おまえんちのような、腐れた木の矢なんぞ、
神様の鳥は欲しがったりなどせんぞ。」
言いながら金持ちの子らが蹴ってきたり、
叩いたりしてきても、意に介さず、ひとり、
金持たずの子はじいっとわたしを狙う。
Ⅲ
わたしはそれを見、心底不憫に思う。
しろかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
こんかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
歌いながら、わたしはゆっくりと、ひらあり、
空のなかにわっかを描いて見せてやり、
――すると、足を遠くに立て、もう片足を
近くに立て、金持たずの子は唇を
グッと噛みしめて、わたしを狙うのだった。
ヒュっと、その矢はうつくしく飛んだのだった。
矢はわたしのほうへ来、だからわたしは手を
広げ、それをとってやる。そのちいさな矢を。
くるくると回りながら舞い降りるわたし。
子供たちは走り、わたしに近寄ったし、
砂埃を巻きあげながらする競争。
土のうえに落ちるやわたしを覆う
一番乗りは、あの金持たずの子供だ。
すると、後ろから走ってきて叩くのだ、
まえは金持たずだった金持ちの子らが。
「こにくたらしい、金持たずの子のくせして、
金持ちが先にしようとすることをして。」
金持たずの子はわたしのうえでじいっと、
覆いかぶさっていて、もがきもがき、やっと
飛び抜けて、一目散に駈け出したのだ。
すると、石やら木片を投げつけるのだ、
そのむかし、親は金持たずではあったが、
いまは金持ちになった、その子供たちが。
けれど金持たずの子はかまわず走った。
Ⅳ
砂埃を巻きあげ、とある家のまえに着いた。
そこの窓からわたしを入れ、かれは言った、
「このうつくしい鳥様を射ってしまった!」
家のなかから現れ出た老夫婦は、
たいへんな金持たずらしいが、そのじつは、
高貴な気品をそなえているのが知れた。
わたしを見ると、むこうもまた吃驚した。
この老人ふたりは帯を締め直して、
「ふくろうの神様!」とわたしを礼拝して、
「お出まし頂いて有難う存じます。
うちはこの通り貧しい小屋でございます。
むかしはお金もあったのですが、このざま。
つまらぬ貧乏人です。国の神様。
神様をお泊め申すのも畏れ多い
ですけれども、きょうはもう日も暮れて遅い。
今宵はこのままどうかお泊りください。
明日、イナウだけでも捧げ、お送りしたい……」
などと話しながら何度も礼拝した。
Ⅴ
そうして老婦人が東の窓のした、
敷物をしいて、このわたしをそこへ置き、
それから皆は寝入り、すぐに高鼾……
わたしはわたしの両耳のあいだに座し、
やがて、もう真夜中になるころ、身を起こし、
しろかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
こんかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
という歌をとても静かに歌いながら、
うつくしい音をたてて家の左から
右がわのほうへと、飛びはじめたのだった。
わたしが羽ばたくたび綺麗な音がした。
それは神の宝物の華麗な散り落ち。
そしてわたしのまわりに落ちた宝たち。
しろかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
こんかにーっぺ らーんらん ぴーしゅかん
歌いながら、このちいさな家を大きな
家にしてしまって、いつの間にか立派な
宝物でいっぱいにして、きらびやかな
着物でいたるところを飾りつけ、どんな
金持ちの家よりすてきな家に変えた。
そして、わたしはわたしの両耳の間、
おのれがもといた居所に坐りなおし、
家のひとらに夢を見せお告げをくだし、
ここに来たわけを知らせた。
「たかだか運が
悪いだけで貧乏人になったひとが、
昔は貧乏人だったお金持ちに、
ばかにされたり、いじめられたりするのを見るに、
不憫に思った。だから来たのだ」と言った。
それが済んでしばらく経って夜が明けた。
おうちの人々が目をこすりこすり起き、
家の変化に腰を抜かすほど驚き、
老婦人は声をあげて泣き、老人は
ぽろぽろと落涙した。やがて老人は
わたしの処へ来て二十も三十も
礼拝した。
「お出まし頂けるだけでも
有難いのに、わたしたちの不運までもを
哀れんでいただき、こんな御恵みまでを……!」
というようなことを泣きながら言っていた。
Ⅵ
それから、老人はイナウの木を伐りに行った。
立派なイナウをうつくしく作り飾る。
老婦人は先の子供を手伝わせる、
薪をとり、水を汲み、酒を造らせては、
六つの酒樽を並べた。そして、わたしは、
火を司る老女や老女神たちと
様々な神の噂話をし、すると、
二日経つ頃には、神の好物である、
酒の香りが家じゅうにただよっている。
さて、さっきの子にわざと古い服を着せ、
金持たずだった金持ちの家へゆかせ、
わが家へ招待するよう口上させた。
子は家ごとにおのれの口上を述べた、
すると、金持たずだった金持ちの者が、
それを聞いて、大笑いしながら言うのが、
「金持たずの貧乏人が、これは不思議、
酒を造り、馳走するとは、いかなる仕儀。
かてて加えて人を招くとは。やれやれ。
行ってみよう、なにが起るやら。笑ってやれ」。
と、言いあい大勢うち連れて来はしたが、
ずーっと遠くからただ家を見た者が、
驚いて、恥ずかしがり、帰ったりもする、
家のまえで腰を抜かしていたりもする。
だから家内の夫人が手を引いて招く。
皆の者は、いざり、這いより、入ってゆく。
顔を上げる者もいないなかで主人は、
カッコウのような美しい声で、「実は……」
と、かくかくしかじかのわけを物語って、
「今まで貧乏人は、こんなふうにして、
たがいに往来もできなかったのだけど、
大神さまが
※以上、ここで力尽きる(2017/1/25)
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