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ボブ・ディラン「自伝」
ヘイガイズ。
今日は読んだ本の感想。
今回取り上げる作品は今までと違い、小説ではなく、自伝。しかも、あのボブ・ディランが執筆した自伝だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1685940246351-wl4Szht96L.jpg?width=1200)
『ボブ・ディラン自伝』は2004年にアメリカで発表された。コンスタントに行なわれる彼のライブ活動の合間を縫って執筆されたそうだ。60代になっても衰えない創作意欲。ボブ・ディラン、恐るべし。
一筋縄でいかないポイントは他にもある。それは自伝にも関わらず、内容が時系列に沿って描かれていない、という点だ。
本書は全部で5つの章で構成されているのだが、
・第1章、第2章:デビュー前・直後の青春時代について(10代後半・20代前半)
・第3章:アルバム「新しい夜明け」を制作した時期について(28,29歳頃)
・第4章:アルバム「オー・マーシー」を制作した時期について(47,48歳頃)
・第5章:デビュー時について(20,21歳頃)
と、見ての通り時期はバラバラ。
それに、なぜか20代頃のエピソードで全体を挟むようなかたちをとっている。これにより、成熟した大人の時期のエピソードも含まれているのにも関わらず、青春小説のような読み心地すら覚える。
また、時系列に従わないスタイルが意外にも違和感がなく、自伝や伝記でありがちな説明ぽさを回避できているように思える。
加えて、最初から一冊で半生を網羅しようという気で書かれていないため、一つ一つの章における描写が非常に丁寧で、投入感も他の伝記や自伝の類より強いように感じた。
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内容については、普段の彼の印象からすると、かなり素直に語られている点が印象的だ。
ボブ・ディランといえば、インタビューでは人を食ったような態度で、質問に対してもあまり真面目に答えてこなかった印象が強い。それに楽曲は謎めいたものや難解なものが多く、私生活もあまり明かされていない。
・真面目にインタビューに答えないボブ・ディラン。わかりやすく日本語吹き替えをつけてくれています。
そういった点から、彼を「非常にミステリアスな人」と捉える人も多いだろう。もっとも、それも彼の魅力の一つでもあるのだが。
しかし、作中ではそんな彼の印象を覆すほど正直な語り口で、謎が多かった私生活について語られている。
同じ時代に活躍したビートルズに対しては「彼らで世界が一つ築けそうだった」と評価している。彼らに対する好感を感じられる点も所々登場する。
「誰からも影響を受けない、ましてや同世代のアーティストなど論外」とすら思っていそうな彼が、若者から絶大な支持を受けていたビートルズを正直に評価していることは意外だった。
また、明かされていく彼の私生活の中で、私が印象に残ったエピソードが一つ。
アルバム「オー・マーシー」をレコーディングしていた期間(第4章に当たる)に、ディランが妻とツーリングに出かけたときの話。
二人は道中、あるガソリンスタンドに立ち寄る。そこの売店で売られていた「世界一素敵なおじいちゃん」というステッカーを見た彼は「数年のうちに、役に立ってくれるはずだ」と感じ、そのステッカーを購入しようとする、というエピソード。
自分の抱える彼の印象と、描かれているエピソードとのギャップに、思わず笑ってしまった。
それに、このときの描写がやけに詳しく述べられている点も笑える。
・その売店で流れていた曲として、ここでもビートルズの楽曲が登場。あまり有名じゃない曲を詳細に記憶しているあたり、彼は実はかなりのビートルファンだったのか…。
結局、ディランは店主の厚意(?)で、無料でスッテカーを貰えることになるのだが、そのオチもエピソードとしての完成度と滑稽さを高くしているように思う。
この他にも、自伝の中では時折、意外な一面が垣間見えるエピソードがいくつか登場する。彼の新たな一面を知れる、という点では、ある程度彼の作品を聴いている人や、聴き始めて、自分の中に個人的なディラン像が出来てきた人にとって、非常に面白い作品だと思った。
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一方で、イメージ通りだった部分もあった。
それは、記憶力が非常に良い、という点。
自伝の執筆を開始した時点で、彼は既に数えきれない程の人と出会い、音楽を聴き・演奏してきたに違いない。
それにも関わらず、作中では、そこにいた人が誰か・どういった人だったのか、そこで誰のどの曲がかかっていたのか、それによってどういったことを感じたのか、といったことがまるで日記のように詳細に記されている。
自伝を読み始めて間もなく、私はこの記憶力の良さにかなり驚いた。
しかし、彼の曲の特徴や活動を思い返して見ると、その異常な記憶力も何と無く腑に落ちることができた。
というのも、彼の曲には6分や7分、時には10分を越える曲も多く、そのほとんどが何ヴァースもある非常に長い歌詞を含んでいるのだが、彼はそれを記憶し、歌うことができていたからだ。さらに、彼はライヴでそれらの曲を一度に何曲も取り上げ、長いキャリアの中で、何度も聴衆に対し披露してきたのだ。
そういったことを考慮すれば、これはイメージ通りの点(というか冷静になると納得できた点?)かなと感じた。
実際、本文にも、どんな長い歌詞でも覚えることは苦痛ではなかったことや、出会った人の顔は忘れないといったことが書かれている。
特に後者(であった人の顔は忘れない)は、彼の代表曲のひとつ「アイ・シャル・ビー・リリースド」の歌詞「これまであった人の顔は全て覚えているよ(So I remember every face/Of every man who put me here)」という部分とリンクしていて、図らずも自伝の中で、自身の曲に説得力持たせているように思えた。
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以上が、私が彼の自伝を読んで受けた印象・感想だ。
期待通りの彼も見られるし、全く想定外な姿も見える。本人から語られる自伝では当たり前の特質ではあるが、ミステリアスなディランからの言葉となると、また話は違う。
そこにはあまりにも正直に挫折や苦労について語る彼がいて、今後そんな彼に我々は再度出会うことができるのだろうか、と思ってしまう。
そんな刹那的な貴重さも、資料的な貴重さも兼ね備えた一冊だと感じた。
ありのまま、もしくはそれに限りになく近い姿の彼に出会いたいと思うとき、私はまたこの本を開くことになるだろう。
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また、先述の通り、作中にはかなり多くの楽曲やミュージシャンが登場するので、その登場した曲やアーティストの曲で、オリジナルの自伝サントラを作って見るのも面白そうだと思った。
☆登場した曲で個人的に印象に残ったもの
・Harry Belafonte 「Midnight special」
ボブ・ディランが初めてレコーディングに参加した曲。担当はハーモニカ。
・Ramblin' Jack Elliot「San Francisco Bay Blues」
ディランがフォークを始めたあたりで出会ったアーティスト。衝撃を受けすぎて、しばらくは何をやっても彼の真似事になってしまったのだとか。
ではー。