麦わらおじさんの貯金箱

わが家には、麦わらおじさんの貯金箱がある。

麦わらおじさんは、スナック菓子のキャラクターだ。麦わら帽子に髭ズラ、首にタオルを巻いた小太りのいかにも田舎のおじさんといった感じのキャラだ。

この貯金箱は、麦わらおじさんのCMソングが流行っていた当時、スーパーのキャンペーンでもらったものだ。抽選で当たった時は大喜びしたが、家に持って帰ると置き場所に困った。身長30cm、麦わら帽子の直径が18cmもあるのだ。押し入れに片付けようとの案もあったが、とりあえずテレビ台の横のスペースに置くことにした。

テレビを観ていると、麦わらおじさんは、麦わら帽子の奥からつぶらな瞳で私を見ている気がした。貯金をしてほしいと言ってるのだろうと思い、それから毎日、麦わらおじさんに貯金することにした。

翌朝から、娘が朝起きると、「おはよう」のあいさつをして、私がテレビ台の上に置いた10円玉を手にとり、麦わらおじさんをくるりと回して、後頭部の穴から10円玉を入れ、また正面に戻すという日々が始まった。

娘が5歳の時である。

麦わらおじさん貯金は、目的がある貯金ではなかった。貯金箱が家にきたから貯金をしようという動機だったので、目標金額も満期も決まっていなかった。娘が毎日10円玉を麦わらおじさんに貯金することで、塵も積もれば山となるということを娘に実感してもらえればいいなと思っていた。

ただ、麦わらおじさん貯金には、ひとつだけルールがあった。娘が使いたいときに使えばいいというルールだ。

このルールは、今までに1回だけ適用された。貯金しはじめた翌年の母の日に、小さなオルゴールをプレゼントするためだった。その時は、麦わらおじさん貯金は、こんなふうに使われていくんだと思っていた。

娘は、小学生のときも、中学生のときも、毎朝、せっせせっせと10円玉を麦わらおじさんに入れてくれた。5000円以上たまると両替に苦労するので、5000円になると銀行にいったん入金して、5000円札で出金するようした。銀行さん、お手間をお掛けしてすみませんでした。

でも、娘は、この間、麦わらおじさん貯金を一度も使ってくれなかった。もっと、もっと使ってほしかったのだが、使ってくれなかった。

そして今、彼女は、高校2年生になっている。

このごろ少し、麦わらおじさん貯金の継続が難しくなりつつある。10円玉の確保が難しいのだ。私が買い物をするときは、QRコード決済をはじめとするスマホ決済で支払うことが多くなったきたからだ。わざわざ現金決済しないと、10円玉が手に入らない。

そろそろ、これからどうしようと考えるようになってきた。大学入学の時にプレゼントと一緒に渡してやるか、それとも就職の時か。まさか、結婚する時には渡せないだろう。

でも、ほんとうは、彼女が、麦わらおじさんごとガサッとかっさらっていってくれることを望んでいる。

無理かもしれないけど、彼女に麦わらおじさんをかっさらうほどの夢ができることを願っている。

麦わらおじさん、いつか彼女にそんな夢ができるまでもう少し見守ってやってくれないか。


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優まさる
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