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みもこころもの身心療法
身心療法と心身療法
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心身一如ということばは、誰でもよく耳にする言葉だと思います。
音できくと「しんしんいちにょ」
「しん」と「しん」は、「こころ」と「からだ」をあらわします。こころとからだはひとつであるということなので、「心」が先でも「身」が先でもよいのだと思います。
でも、一般的には心身一如、心身療法という順番で目にすることが多いでしょう。
例えば、厚生労働省のサイト
心身療法
Mind and Body Practices
本項目の説明・解説は、米国の医療制度に準じて記載されているため、日本に当てはまらない内容が含まれている場合があることをご承知ください。
厚生労働省の統合医療についての情報サイトなのですが、世界標準である米国のサイトの日本語訳です。
例としては、鍼治療、瞑想、太極拳、ヨガがあげられています。
一応、東洋医学寄りではあります(笑)
私の専門学校時代、鍼灸治療はWHOが認める伝統的補完療法なのだということが強調されていました。
WHOのいう鍼治療とは、現代中国の中医学としての鍼であり、現代の日本での主流(かどうかもあやふやですが)の鍼は、中国の漢の時代に入ってきた漢方や、漢字が日本独自の発展をとげたように、少し違うと言えば少し違う、大きく違うといえば大きく違うものです。
同じアジア民族として、中国、韓国、日本は共通点も多いでしょうが、気質や国民性として、もちろん違うところも多くあるはずです。
それぞれの氣の質、感受性の違いによって、鍼の治療効果は大きく変わるものですから、発展、発達のかたも違っているはずです。
Mind and Bodyと表現したときのMindには心、氣、気質、精神、といったものが含まれていると思います。
そしてBodyには、物体としての体、魂の容器としての身体というニュアンスのように私はとらえます。
辞書的にはちゃんとした定義があると思うのですが、心身療法といったときのイメージは人それぞれに違い、なにが正しいかを明らかにすることがこの論考の目的ではないので、身体療法家の私はそうとらえているぐらいのニュアンスです。
なので、世界標準の手技療法を語り、西洋医学とは違う価値を打ち出すとき、心を先にもってくることは当然であると思います。
西洋医学は、物体を、目にみえるものを対象とする医学です。
画像、数値にあらわれるものを取り扱う医学です。
なので、検査をしても原因のわからない不調は取り扱いできませんし、だからこそ、補完医療、代替療法といわれる療法が必要とされるようになったわけです。
補完医療、代替療法としての指圧
日本最初、奈良時代の医事法規である医疾令において、医博士、鍼博士、按摩博士という役職があったとおり、あん摩という手技療法は医療行為として認識されていました。
そして、あん摩という療法は庶民には一番身近で、安価で取り入れやすい医術であり続けたと思います。
指圧は明治に入ってから発展した名称ですが、当時は療術、療法、暗示、気合、霊動、祈祷というような、スピリチュアルなものと非常に親和性の高いものだったようです。
現在、あん摩マッサージ指圧師という国家資格がありますが、あん摩とマッサージと指圧は別の技術とされ、昭和に法規制がされるときに、各種療法家が国家資格として統合されることのメリットとデメリットをそれぞれ検討しながらひとつの資格として存在してきたものです。
霊術、精神療法を総攬するオカルト史という帯がついていますが、触手療法という表現もあって、指圧は手を触れる精神療法のような意味合いで施術している療術師も多かったようです。
大正に入ってから、カイロプラクティック、オステオパシーというような西洋由来の療法と指圧は強く結びつくようになり、乱暴な言い方をすれば、浪越師の活躍した指圧の黄金時代には、心や、精神、魂といったことからは距離を置き、Bodyに確実にアプローチできる方法として確立されたと思います。
もちろん、浪越師は「指圧のこころは母こころ、押せば命の泉湧く」の方ですから、「こころ」ということに根幹をおかれています。
でも、それはあくまで施術師の心構えとしての「こころ」であって、患者さんの「こころ」のアプローチするという視点ではなかったのではないかと思います。
「からだ」の圧点にアプローチすることで、「からだ」の症状が消える。
それだけで十分な効果と満足を人々に提供できたということですから、素晴らしいことです。
身心療法としての指圧
その点でいうと、増永師は京大文学部心理学科卒という経歴も相まって、心理療法としての指圧の意義を相当自覚的に感じ、講じています。
この本については、私のバイブルで何度読み返したかわかりませんが、この高著に書き遺されていることこそ、身心療法としての指圧です。
身心一如ということ。
その身という言葉には、単なる物体としての体ではなく、西洋のbodyではなく、東洋的なからだ観を含む身体、または躰であること。
そのみもこころもにアプローチする療法としての指圧。
いえ、指圧だけではなく、もちろんあらゆる身体療法が、みもこころも同時にみていくことができる可能性。
わたしはそれについて、ずっと考えてきたような氣がします。
こころの問題を考えるこころの専門家・・・精神科医師、臨床心理士、公認心理師、カウンセラー、コーチ
からだの問題を考えるからだの専門家・・・医師、鍼灸師、按摩マッサージ指圧師、柔道整復師、理学療法士、ボディワーカー、整体師、セラピスト
今、二つの入口にわかれてしまっているこころとからだの相談窓口。
もちろん、統合医療という切り口で心ある方々によって融和しつつあるのだと思いますが、医療と名前をつけるととても不自由になってしまって、掬いきれない価値がこぼれおちてしまいます。
もっと人と人とが、直接温もりをつなぐような方法で、みもこころも楽になり豊かになるような場を創れないかと、日々考えています。
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