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地味な会社員だから、主役にはなれなかったけれど


地味な会社員だった。


特段強いスキルもないし、特別な資格もない。仕事で目立つ功績を残したことは一度もないし、社内表彰で選ばれたことだって一度もない。

人前で話すのが苦手だった。表舞台に立って、社外でも引っぱりだこな同期を見ると「わたしとはちがう生き物だ」としか思えなかった。

いまなら、そんな同期がどれほど努力をしていたのか想像がつくのに。当時のわたしはひねくれていて、自分にないものをもっている同年代に対して「うらやましい」という感情でいっぱいだった。


「華」とか「才能」とか「明るさ」とか。生まれもったもの、あとから努力で手に入れたもの、どっちもあると思うんだけど。

ものすごく強い武器に見えて、初期装備のわたしじゃ一生かなわないなって。

自分なりに努力をしてみるんだけど、なんだか空回りしちゃうんだよね。その場かぎりでうまくやろうとするから、全然続かない。なんだか不自然でぎこちない。



周りと比べるのも、人をうらやむのにも疲れたころ。「華やかな場所を目指すのはいったんやめて、せめてマイナスにはならない毎日を過ごそう」って決めた。

大成功がなくてもいい。大失敗がなければいい。なんかもう、身も心も静かにおだやかに過ごしたい⋯みたいな感じ。「がんばり続ける」より「あたりまえを淡々とやる」ことにした。

これがね、その後の社会人人生においてすごくいいきっかけになった。


時間を守る。事前に準備をする。連絡をすぐに返す。再確認してから提出する。

ぜんぶ地味だし、あたりまえだと言われがちなこと。子どもだってできることかもしれない。これらを大人ができたところで、別にほめられるわけじゃない。

でもこういう地味なことを大げさに大事にしてみたら、なぜか仕事がしやすくなったんだよね。「まじめに進めてくれるから助かる」って言ってもらえたり、わたしが得意な分野の仕事がまわってくるようになったり。


「あ、これでいいんだ」って思えた。もっていないものを目指すより、知っているものを磨くほうが気もちもラクだった。

あたりまえのことほど、後回しになったり忘れたりしてしまう人がいるわけで。だからこそ、初心に戻ってひとつずつ大事にしていく。それが積み重なると、信頼してもらえることもあるらしい。

「まじめな人」というポジションは地味だし、主役にはなれないけれど。わたしにはベストな配役だったみたい。できることと求められることがしっくりきた感じ。



フリーランスになったいまも、この「地味スキル」が本当に活きている。もはやこれがなかったら、ご飯を食べていくことはできなかった気がする。

「地味」というワードには、なんとなく消極的な印象をもってしまうのだけれど。辞書で引いてみると「華やかでなく控え目なこと、飾り立てて人目を引こうとはしない態度」と書いてあった。いいじゃん!

ムリして飾らず、静かに淡々と。地味な会社員だったからこそたどり着いたこの価値観を、これからも大事にもっておきたい。


またね。


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ゆうあん
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