【詩】 煮っ転がし

鮮魚コーナーで 秋刀魚の値段に顔を顰めていると
野菜売り場の見切り棚に残された 里芋が目に入った

椰子の木
タワシ
満員電車の後頭部
平凡な連想の後 買い物かごに押し入れる

里芋といえば煮っ転がしか。


椎名町駅前の 立ち食い蕎麦屋と交番の間を通り抜けながら
「煮っ転がし」について考える。
ずいぶん可愛らしい言葉だな。
どうにか普段使いできないものか。


身体を 煮っ転がすのは難しい
風呂は身体を洗う場所だから。

コーヒーを 煮っ転がすのは難しい
僕にとって重要なのは抽出液の方だから。

仕事を 煮っ転がすのは難しい
あれは煮ても焼いても食えたものじゃない。


やっぱり お似合いなのは 里芋だけか。
里芋に少しばかり嫉妬を覚えるけど、それも良いだろう。
里芋のためだけにある言葉というのも
それはそれで可愛らしいじゃないか。


土を落として 鍋に入れると
どうぞ煮っ転がしてくれ とでも言うように
鍋底をゴロゴロ動き回る里芋
なんだコイツも
可愛らしいところがあるじゃないか。



なんだこの詩は。
秋刀魚を食いたくてスーパーに行ったら、旬なのに高くて里芋を買ったというだけの詩です。
ほぼ日記ですね。


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