詩:記憶 20170723 Y.K
駅を降り 坂を下って浜辺に向かう
日曜のこんな良い天気なのに波打ち際を歩くは僕一人
昨日の台風が海をかき回しただろうから
漂着物を探すという僕の趣味には丁度良い
海は様々な物をその懐に抱いている
魚や貝 漂流物や舟だけでなく
海に来た人達の想い
口にした事 しなかった事
そういった あらゆるものを腕に抱き 時に手放す
そして僕は それらを拾いにやって来る
帽子に手袋 最初に見つけた手頃な流木を手に
探索者としての正装で陸と海との狭間を歩く
波に呑まれぬように
そこは現世と外との境目でもある
様々な国や時代の言葉が刻まれた陶器や樹脂
万色のガラス
古代からの生き物達の亡骸
瓶入りの手紙
薬莢や不思議な機械
潜水服のヘルメット
皆 永い海の痕跡がある
気に入ったものを丁寧に選んで手提げ袋に入れていく
ひとしお 目を引く物があった
蝋引き紙に包まれた…2本の蝋燭だった
そっと包みから引き出す
細い溝が幾重にも刻まれていた
これは何かの記録か記憶だ
蓄音機であれば聞けるだろう
帰宅し蓄音機を回すと
あの人の…あの人の声が言う
あなたを遠くに感じるようになったのはいつからでしょう
あなたが足元ばかりを見ていたからでしょうか
私が一緒に歩かなかったからでしょうか
あなたの声が私の表層を流れて行くようになったのは
私の深い所が罅割れてしまったからでしょうか
もう1本には何が刻まれているのか
慌てて探したが見つからない
あの駅に
戻らなくては