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[短歌×エッセイ]小三女子の短パン理論

小学校から学童までの道を子どもたちと歩く。

右の手に三年生の女の子が手をつないでいる。本来は一年生のお迎えしかしないのだが、途中で会ってそのままついてきた子だ。

彼女の話に相づちを打ちながら、雨上がりのアスファルトを歩いた。ほかの子どもたちは思い思いに友達と一緒に、ぼくたちの前や後ろを歩いている。

「みてけがした」

指し示された短パンの膝にたしかに擦り傷がついている。この子の脚にはほかにも無数の傷跡があった。前に尋ねたことがあるが、よく転ぶのだそうだ。

「ありゃー痛そうやな」

「あんまいいたくないよ」

少し舌足らずなところがある子だった。

「そうか、でも学童で絆創膏貼らにゃね」

「ねえ今日なんじにかえる?」

「今日はねえ6時半か7時かな。ひなちゃんが帰るまではいるよ」

彼女に会うたびいつもこのやりとりをしている。なにか儀式のようなものらしい。

「たねいる?」

「たね?」

「うん」

つないでいない方の右手を開いて見せてくれた。朝顔の種が6粒のっている。なつかしい形だ。そういえばぼくも子どものころ、朝顔の種を取るのが好きだった。

「おお、種だ。くれるの?」

「うん」

ありがとう、と言って種を受けとる。彼女の右手から僕の左手へ。

「かえるときにちょうだいね」

あ、レンタルか。

「わかった。忘れてたら言ってね」

「うん。こうえんにいっぱいあるよ」

「あ、そうなの?」

「とる?」

「うん、あとで公園に行けたら取ろうか」

彼女は嬉しそうな顔で頷く。

しかし公園に行くためには宿題を終わらせなければならない、というルールがある。これまでのところ、迎えに来るまでに彼女が宿題を終えた姿を見たことはなかった。

そして子どもの公園への引率はたいていぼくが受けもつので、いつもそのときに漢字ノートや計算ドリルと闘う彼女とお別れをすることになる。

「こうえんいきたい」

「うん、行けたらいいよねえ」

だから宿題をする必要のない土曜日はなるべく楽しませてやれたらいいな、と思っている。

「ひなちゃんズボン短くて寒くない?」

長ズボンなら怪我も少なくてすむだろうに。

「さむくない」

「ふうん、そっか。長ズボンは好きじゃないの?」

「いや」

「いやなん、どうして?」

うーん、と彼女は少し考えこむ。

「じゃまい」

「なるほど」

彼女なりに好みがあってのことらしい。

子どもたちがたびたびぼくの左手に手をつなぎにやってきては、新しく遊びが始まって離れていく。彼女は話しつづけている。クラスの子が今日誕生日だったからおめでとうと言った話。給食がまずかったから先生が食べなくていいと言った話。ひつじの話。

この頃では陽が落ちるのが早くなって、もう夕方から冷たい風が吹きはじめる。

「寒くない?」

「うん」

そういえば子どもはあまり寒いと言わないなと思った。体温が高いからか、よく動くからか、寒い暑いだのより他に喋るべきことがたくさんあるからかもしれない。

「ひなね、もうすぐたんじょう日」

「え、そうなん。いつ?」

「11月ねー27」

「そっか、おめでとう。えーと、8歳?」

「うん」

「そうかそうか、いいですねえ8歳」

「あしたくる?」

ぼくのことを聞いているらしい。

「ううん、明日は来ないよ」

「つぎいつくるー?」

「明後日だね」

「あしたのつぎ?」

「そうそう」

「やった」

西の空で夕陽が雲を染めている。反対側には細長い月がもう浮かんでいた。

「寒いなあ」

「さむくないよ」


  月面の氷を割ってとうとうと小三女子の短パン理論

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