吸われる男
近頃、大浴場のあるホテルが増えてきた。我が家は夫婦そろって温泉好きで大浴場好きなので、嬉しくてたまらない。
宿泊したホテルに大浴場があると聞くと、それが温泉であるかどうかに関わらず、小躍りしながら大浴場を目指す。大きな湯舟にゆったり入浴できるのが、本当に気持ちいい。
相棒のぶーさんは仕事での出張が時々ある。そのため、宿泊施設に大浴場が付いていた日には、これまた小躍りして浴場に向かっているらしい。
特に深夜の時間帯だと、入浴している人が少なく、時には誰も居ない場合もあり、空いている湯船でストレッチをしながらゆっくり時間を過ごすのが最高のストレス発散になっているようだ。
少し前のことになる。
いつものように出張を無事に終え帰宅したぶーさんが、風呂に入ろうと全裸になると、お尻に赤いあざのようなものができていた。
出かけていく時には確かになかったものだ。
「ねぇ、お尻にあざみたいなのがあるけど、何かぶつけた?」
仕事柄、多少の切り傷や打ち身などは日常茶飯事だが、こんな痕は見たことがなく、ひどい痛みでもあるのではないかと聞いてみたのだが、本人は気付いてすらいなかったらしい。
「え?ほんとに? 全然痛くないけど、なんだろう?」
とはいえ、ぶつけていたら気付かないわけがない、くらい赤い痕の範囲は広い。
「心当たりないの?」
「えー、ないなぁ・・・。なんだろう?」
私もぶーさんもお尻を見つめて首をひねる。ぶーさんは自分のお尻を見るために腰も首もひねっているうえ、全裸のなので、あり得ない格好をしたギリシア彫刻みたいになっている。
二人でしばらくお尻を見つめていると、なんとなく記憶のどこかで見たことのある形の気がしてくる。
うーん?
と首をひねりながら、お尻を見つめ続ける私とギリシア彫刻風ぶーさん。
・・・見たことある気がするなぁ、この形・・・。絶対見たことある。
そして私は閃いた。
あれだ!
「ねぇ!これさ、排水溝の上にある金属のアレ、蓋みたいなやつに似てない!?」
よくよく見ると赤い痕は、排水溝の楕円形の群れにそっくりだった。しかも、ご丁寧なことに中心に小さな真円の痕までしっかり残っている。
「・・・そういえば、お風呂で、なんか、お尻が吸われてた気もする」
たぶん私はその時、一言一句違わずにこの言葉を言ったと思う。
「 #こんなことあるぅ ?!」
出張先のホテルでいつものように小躍りしながら大浴場に向かった彼は、他にお客さんがいなかったのをいいことに、長時間、湯船でストレッチをしていたらしく、それが排水溝の上で、しかも吸われ続けていることに全く気付いていなかったらしい。
そのため、お尻には吸い球の痕みたいに、
赤く、しっかりと、まさに、あの排水溝の形がそのまま残っていたのだ。
ごめんね、排水溝さん。おっさんのお尻を吸わせてしまって。
気付きなさいよ、おっさんよ。
初めて見たよ、お尻に排水溝の模様。
もうどっからどう見ても、きれーいにその模様。
着替え場で他の人に会ったら、
”え?あの人?吸われてない?”
とか思われたんじゃなかろうか。
その後、私は何事もなかったと分かって、腹が千切れて、無駄なお肉が吹っ飛んでくれたんじゃないかと思うくらい、笑い続けた。
排水溝の痕を付けて帰ってきたのは、後にも先にもその一回きりだ。
何はともあれ、大事に至らなくてなによりでした。
大事故につながることもありますから、今後も大浴場のマナーと排水溝には十分気を付けて入浴してください
そして、
暫くの間は人前でお尻を出さない方がいいよ
と全裸manによく言って聞かせた夜でした。
コノエミズさまの記事を読んで、まさに
#こんなことあるぅ !?
と言ったことあるわ!と思い出したのがきっかけでこの記事を書きました。ありがとうございます!