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この道を深夜に走るのは初めてだ
この道を深夜に走るのは初めてだ
それなのに、子が産まれるという
瞬時に流れ去った高速出口からその先は
みたことのない一幕へ続く回廊
港の産院へ導くのは、台詞を棒読みするカーナビだ
こわ張る身体 腕先から足下から石膏が覆ってくる
高速バスの後ろにつき、深呼吸してハンマーを打ちおろす
隊列を組んだトラック 一文字の矢となり走り去る
矢柄に吊られた白い布袋 赤子のなきごえがきこえた
アクセルを踏みこみ追う
ナトリウム灯が明滅する 次々にめくられるアルバムの頁
父は いつどのように父となったのだろう
S字カーブが連続し、激しく揺られる
幾条もの銀の光 一瞬、焦点を結び暗転する
ベッドに転がる妻の苦闘
高速道が荒々しく震え軋む
千の赤い鏃が窓を射す ブレーキランプが叫び襲いかかる
突入防止装置に突っこみグシャと潰れた
白い、ぼたん雪が舞う ポプラの裸木が立つ
そう、ここは心停止した父が埋もれていた裏庭だ
白い亡失、最後となった写真の頁は前の頁に融着している
可笑しい、父は一眼レフカメラを出して店員に撮影を頼んだ
積もる雪の中、私の名はよんだのだろうか 私は呼べなかった
子の名は父と私の一字をとった 命名書を丸筒に入れ臍に繋いだ
車はトラックの直前で止まっていた
父がまもってくれたのだろう
渋滞の先頭では車が横転し炎上していた
高速を出た街で道に迷う 臨時の通行止めがいくつもある
経路探索は「エラー」となり、もがく携帯も沈黙を守る
急回転する時計の長針 子は陣痛を激化させ分離を加速する
頭蓋を変形し肺水を絞りだし 道の先で声をあげようとしている
父の掌 おおきかったのか ちいさかったのか
合掌した手は つめたく 喉を焼く後悔にみちていた
このカーナビは壊れている
「目標地点に到達しました」、なのに産院がない
何度目のリダイアルだろう、スピーカが突然息を吐く
「おめでとうございます」、いつ どこへどうやって
「そこからこう行ってそうしてこう来てください」
消えかけた街灯に鷗がおり、ひとこえ啼いて飛び去った
わすれ物だ
丸筒をいそいで手繰りよせ全力で走る
妻の眦に幾筋もの涙の痕が輝く
Love You 男の子を抱く
眼を瞑ったまま笑む緒を持つおもい塊
名をよぶと口角があがる
もう一度、名をよび、指で触れると強い力で握り返す
舞台中央に私の小さな芽が立った
【AN0NMB】