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彼の部屋は奥から2番目だ

彼の部屋は奥から2番目だ
顔を見せなくなって5日たつ

隣の墓場から漂う線香の臭いが鼻につく
彼岸から8日たつが
まだ燻っているのだろうか

扉を叩く
いるかM、Yだ、開けるぞ
返事はないが
薄いベニヤの扉を強引に開けた

4畳の細長い部屋だ
電気はついていない
目を凝らすと3つの赤い点が見えた

Mか

Mか

闇に慣れた目で奥を見る
部屋の壁にもたれる人影がある
扉枠の横を叩き電気のスイッチを探す

吊り下がる裸電球がジリと音をたてひかる

壁1面に張られたグラビア写真
酔うほどに色鮮やか
6面を超える万華鏡の中で嘔吐する

赤い点は彼の目だ

虹彩の見えない開いた黒い瞳孔
血管のみえない白い結膜
瞬きしない2重瞼の闇の線
瞳にかかる紫苑の反射光
角膜の発する3色の光の粒子

夢見る者のうつろとも
夢無き者の確信とも違うその眼差し

Mか

Mなのか

真っ直ぐに大きな目で入口を見つめる
灰色の作業着の、膝をたて
組んだ腕をその上に置き
床の写真に埋まる踝

瞳孔がわずかに閉じ開き
鼻が開き閉じ
口の端がそっと上向き
彼は何か言った

何だ

何を言いたいんだ

裸電球が破裂した ガラス片が額を切る
赤い目がまた輝き 静かに遠ざかる

M

どうした

携帯のライトを点け壁をてらす
左右に振り彼を探す

壁に男の姿に似た絵があった
M、どこにいる

ライトで部屋中を照らしたがどこにもいない
男のような絵があった壁を照らすと
組んだ腕を少し上げ、男が微笑む

M

私は叫んだ

部屋は5枚の平板なグラビアだった

M

部屋が、部屋の空間が渦巻き
6枚の平面が引き延ばされて飲みこまれた

思わず後ろに下がろうとして足がもつれ転んだ

部屋は薄いカーテンだった
風に揺れ、微かに波打つ1枚の布地だった

M

布地は1点に吸い込まれた
木賃宿も回転渦に巻き込まれ1点に落ち込んでいった

私は取り残された

赤い点があった場所には誰の墓だろう
線香の燃えさしが最期の灰を落とし
灰の中には銀河が横たわっていた

【AN0UDB0】

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