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駅前の旧道に、残照の淡い紅が去りつつある

駅前の旧道に、残照の淡い紅が去りつつある
くすのきをねぐらとする雀の喧騒が囁きへと変わる

人通りも稀となった往来にかかる空を濃い藍が蓋い
黒い軌跡をえがき一羽の雀が落ちた

猫が前脚で蹴上げ、烏が跳ねよる
猫は雀を咥え烏を蹴散らし店先の隙間に去った

地蔵堂の提灯櫓に疎らなあかりが赫う

香煙の絶えた献香台が黒く光り
三歩ほど先の堂奥で一本の蝋燭が揺らめいている

陰よりも暗い壁際に濡羽色した座像が見える

いや、鼠色の半纏を羽織る老婆が
椅子の上に正座し首を直角に折り曲げねむっている

堂先で足をとめていると、ゆっくりと頭をもたげ
おおきな目でみつめお参りですかと問う

うながされ、硬貨を一枚前におくと
白い手で蝋燭と線香をさしだす

一礼して本尊のまえの燈火から火をとる

万灯台におくと蝋燭は、黒い芯から
青く赤く黄色く白く燃えあがる

蝋溜りから影と光が地蔵のまなこの彼方までを照らす

足が止まったのは、紫色した憂鬱のためではない
ただ、おもいだしたかったのだろう

深緑色の穂先を蝋燭の炎の上端にかざし
朱く燃え吹き消すと煙をひく線香を灰に立てる

 昨夏逝った子は、疲れ果てていた
 数年前に逝った母は 痛みにたえていた
 数十年前に逝った父は、働きすぎていた

ありがとうと老婆が締太鼓を一打する
地を割るほどの大鐘の音それだけではない

 隣家の老人、介抱する娘にいつも、殺されると叫んでいた
 通勤電車の今朝の事故、1時間も遅刻した
 携帯、毎日多くの不幸な文字が掠め流れていく

雀を咥えた猫が足もとで胴を擦りじゃれる
雀は生きていた チイとないた
手をのばすと猫は消えた

冷たい泥水が足もとをのぼってきた
慌てて泥水から足をひき抜くと、雀の群れが泥を啄ばみ
一羽一羽が敷石となって月の光を放射する

目頭をおさえ、離れたベンチに腰をおろした
墨色した寂寞が先の見えない通りを漂流してゆく

おおきく息を吐き、顔をあげると
通りには巡礼者の列がつづいていた

地蔵堂が明るい光輝につつまれる
提灯櫓に千のあかりがともり
万灯台には蝋燭の炎が煌々となみうつ

巡礼者が幾重にも堂をかこみ
祈りの合唱をあげ大気をふるわせる

線香の穂先がいっきに天にのび
崩れ、地蔵堂は灰の山にうもれた

おやすみなさいと老婆の声がする

香炉の線香は灰の花となって燃え尽きていた

薄曇る東の空にアケルナルが青白く輝く
待つものもない部屋へ急ぐ理由もない

【AN0ADB0】

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