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16歳の中国人に見せつけられた、圧倒的な発想力と行動力の違い
2017年の春、ぼくはカリフォルニア州サンディエゴの語学学校に通っていた。6年勤めた旅行会社を退職し、フリーランスになったばかりの頃だった。
「せっかくまとまった時間ができたのだから、この機会に英語を学びたい。それと、自転車でアメリカ西海岸を縦断してみたい」
その2つを叶えるために、サンディエゴへ渡った。
語学学校に通っていたのは2ヶ月間だけだったが、イタリア人、スペイン人、中国人、韓国人、トルコ人、サウジアラビア人、アルゼンチン人、ブラジル人など世界中の学生たちが詰め込まれた小さな教室は、まさに人種のサラダボウルだった。
年齢も10代から30代までまちまち。そこでの時間は、ぼくに多様な価値観を与えてくれて、それは英語を学ぶこと以上に大切な時間だったように思える。
ところで、ぼくのクラスには6〜7人からなる中国人のグループが存在し、クラスでは「中国人VSその他の国籍」という対立が生まれていた。
各国の学生たちが、自分のお金で留学に来ていたのに対して、20歳前後の中国人の学生たちは、主体性が皆無だった。きっとお金持ちの親が、半ば無理やり留学させたのではないか。自主的に学校に来ているような学生はおらず、みんな授業中にイヤホンをしてスマホでゲームをしたり、YouTubeを見たりしていた。そして先生の会話も遮って中国語で会話をするから、他の学生たちからかなり煙たがられていた。
しかし、ぼくは日本人だからなのか、あるいは自分の性格的にも、人間関係では常に中立を保とうとする。
真面目に授業を聞いていたし、コミュニケーションも積極的に取っていたので、欧米人たちはぼくにフレンドリーに接してくれた。ブラジル人からは、「顔の区別はつかないけど、中国人はうるさくて、日本人はナイスだよな」と言われた。
だけど、誰もが距離を置いていて、かつ孤立している中国人の学生たちも、ぼくには心を開いてくれるようになった。確かにぼくも「おとなしく、真面目に授業を聞けよ」とは思ったけど、彼らに悪気があるわけではないし、国民性とか、彼らのようになってしまう背景には様々な事情があるわけで、きっとぼくも中国に生まれて同じような立場でいたら、同じような行動をしてしまうのだろう。そう思うと、不思議と彼らにも愛着が湧いてきた。
彼らは絶対に他の国の人たちに話しかけたりしないから、こちらから積極的に話しかけた。「その靴、かっこいいね」とか、「これは中国語で何ていうの?」とか、「何食べてるの?」とか、「ぼくはあなたたちを好意的に見ていますよ」という態度を示しているうちに、徐々に彼らもぼくに心を開いてくれるようになった。
そのうち、ひとりの友達ができた。ティンハオという中国人だ。
彼もまた、ろくに授業を聞かない問題児だったが、ぼくが知り合いになってから、ほんの少しだけど、良い方向に変わってきた。授業中に抜け出してどこかへ行ってしまうことも減ってきた。
彼とFacebookで友達になると、翻訳サイトを使って、ぼくの投稿に日本語でコメントをくれるようになった。
そのティンハオがある日、「明日の授業が終わったら、ランチに寿司を食べませんか?」と片言の英語でメッセージを送ってきた。学校の近くに、手軽にランチを食べられるお寿司屋さんがあるので、そこへ行きたいのかなと思った。彼から声をかけてくるなんて珍しいし、「いいよ、行こう」と返信した。
そして翌日の授業後、「よし、ティンハオ行こうか」と言うと、
「Uber(配車サービス)で行きましょう」と言う。
歩いても行ける距離なのに、なんでUberなんだろうと思ったけど、彼に任せることにした。そして車に乗り込むと、高速道路に入っていった。いったい、どこへ行くんだろう?
20分ほどして、目的地に着いたらしい。車を降りると、立派なお寿司屋さんがあった。
「え、ここなの!? こんな高級店、ぼく無理だよ!」
そこは、口コミサイトの「トリップアドバイザー」で、サンディエゴにあるお寿司屋さん全194件中1位と出ていた「寿司太田」だった。イチローが現役時代、遠征でサンディエゴに来る際は、必ず訪れていた店だという。
「Don't worry. お金は心配しないで」
いやいやいや・・・・。ランチでも1万円超えちゃうんじゃないか? (ちなみにアメリカの物価はとても高くて、日本のスーパーで1000円くらいのお寿司がアメリカのスーパーだと2500円くらいする印象だった)
どうなるんだろうと思いながらも、お店に入った。
お寿司はもちろん、おいしかった。スペイン産のマグロの中トロは絶品だった。
サービスも良かった。そして金額も、やはりすごかった。
スーパーに行って、普通の玉ねぎにするかオーガニックの玉ねぎにするか、数十セントの差でさえ悩んでいたぼくには、とても考えられないような贅沢だった。「食べたいものを食べて」と言われても、比較的安価な巻物を頼んでいたし、無意識にセーブをかけていたが、それでも……。
店員から渡された伝票をぼくからさらい取って、ティンハオはカードで支払いをしてくれた。ぼくは呆気に取られながらお礼を言った。
帰り道、さらに驚いた。
「そういえばティンハオは何歳なの?」
「16歳」
「え?」
「16歳だよ」
だと…。
What happened!?
世界は広い。このアメリカ滞在は、良い意味で、ぼくの価値観を壊してくれた。お父さんは中国で二つの会社を経営しているそうだ。いずれそこで働くことになるだろう、と話していた。
サンディエゴでは家賃約30万円の家に暮らしていて、学校までは毎日Uberで通っているらしい。まるで漫画の世界だ。
その後、近くのスタバへ行き、しばらく話していた。
「AKB48が好きだから、日本に行きたい。秋葉原。今年の秋に行こうと思ってる」
聞けば、まだ中国とアメリカ以外の国には行ったことがないそうだ。
「OK。そしたら、東京を案内するから、来るときは連絡してな」
「Thank you Yota-san! You are a good Japanese friend.」
16歳とわかって、たどたどしい英語が途端にかわいく思えてきた。彼にとってぼくは、もしかしたらサンディエゴで初めてできた中国人以外の友達なのかもしれない。
それ以降、
「今度は中華料理を食べよう」
「一緒にロサンゼルスへ行きたい」
と頻繁にメールを送ってきてくれた。「ホームステイの家族とトラブルがあった!」と突然電話をしてきたり。家族もいない異国の地で、寂しかったのかもしれない。だって16歳だもんなあ。
だけど、こういう思わぬ交流が生まれたのは、ニュートラルな視点で人を見られたからだと思う。「もしも自分がその国で生まれていたら」と想像すると、大体のことには寛容になれる。
対立は何も生まない。広い心で人と接することが大切だ。日本人、中国人以前に、同じ人間なのだから。
サイクリングの日の出来事
さて、そんなティンハオとの、最も忘れられないエピソードがある。
お寿司をご馳走してくれた翌週、ぼくのロードバイクを見るなり、「俺もそういう自転車を持ってるよ」と言ってきた。ぼくはシェアハウスから語学学校まで、片道15kmの道のりを自転車で通学していた。
「ロードバイク持ってるの?中国に?」
「いや、サンディエゴで買った」
「でも全然乗ってないじゃん」
彼は毎日、家から学校まで、25km以上の距離をUberで通学していた。それだけで一日50ドルは使っていただろう。
「まだ1、2回しか乗ってない」
「自転車、いくらしたの?」
「3000〜4000ドルくらい」
「は!?」
約40万円前後の自転車を思いつきで買って、全然乗らないというのか。。。
「この野郎〜」と日本語で言ってしまった。
どれだけお金を持っていても、それだけでは人は幸せになれない。
彼の口癖は「ヒマだ〜」だった。何かを手に入れても、ありがたみを持たなければ、すぐに飽きてしまう。彼の自転車が良い例だ。買って、ちょっとやって、終わり。
そして、一緒に何かをする友達の存在も、人生では大切なはずだ。しかし、彼は明らかに友達がほとんどいないし、ホストファミリーともうまくいっておらず、孤独を感じているようだった。食事にしても、いつも高級なレストランへ行っているが、だいたいひとりで食べている。
はるかにお金を持っていないぼくの方が、彼よりも精神的には豊かに生きている自信はあった。ぼくに限らず、きっと多くの人が。
彼に何かを伝えないといけないと思った。そしてそれは、お金があるだけでは、ひとりでいるだけでは、決して学べない類のことだ。
そこで、ティンハオをサイクリングに誘ってみた。案の定、誰かとサイクリングをするなんて初めてのようで、乗り気だった。
「じゃあ土曜、11:30にここで待ち合わせね」
「OK」
当日、家から30分ほど自転車を漕ぎ、待ち合わせ場所で汗を拭っていると、ティンハオが涼しげな顔でやってきた。
「Yotaさん、good morning.」
彼はUberのトランクに自転車を押し込んでやってきた。
「お前、またUberか〜(笑)」
まあ、いい。とりあえず、行こう。目指したのは、15km先のソラナビーチ。
たった15kmなのだが、彼にとっては大ごとのようだった。
「え〜? そんなに走るの〜?」
走りながら、ブツブツ不満を言ってくる。こんなに長い距離を走ったことがなかったらしい。
「坂がキツすぎ」
「もう無理」
「休憩しよう」
「Yotaさんもっとゆっくり走って」
「あと何分?」
「つかれた」
「もうここで終わりでよくない?」
そういえば、ぼくがロードバイクに出会い、高校まで片道15kmをチャリ通するようになったのも、16歳の頃だった。確かに最初は、15kmなんて想像もつかない距離だったな。
「いけるいける。頑張れ!あと5kmだよ」
「Yotaさん、歳の差考えてよ〜」
「いや、こっちのセリフだよ。お前のが若くて元気だろうが」
「15km長いよ〜」
「長くない。ぼくは来月からアメリカ縦断の旅に出るから、毎日自転車で約100kmを走る。それを1ヶ月間繰り返すんだ」
「You are fucking crazy!!」(頭がいかれてる!)
文句を言いながらも、なんとか最後まで走り切った。ソラナビーチに着いて、拳と拳をぶつけた。
「やったじゃん。Good job!」
ティンハオは嬉しそうだった。
うまく言えないが、こういう体験が、きっと彼にとってはとても大切なのだ。お金も大切だけど、それだけが人生ではない。
車を使えば楽にビーチへ行ける。疲れないし、汗もかかないし、喉も乾かない。でも、サイクリングには、サイクリングでしか味わえない魅力がある。そしてひとりではなく、誰かと一緒にゴールまで行くという経験もまた大切だ。
何のためのお金なのか、限りある人生の貴重な時間を誰と過ごすのか、ぼくがこれまでの人生で模索してきたことを、言葉ではなく、実体験を通して伝えたかった。体験は言葉の壁を超えるから。
しかし、この日は見事にやられた。ここから先は、逆にぼくが彼から学ぶ番だったのだ。
ビーチに着くと、彼が突然「うおー!あれやろう!」と叫んで海を指差した。
そこには、サーファーがいた。
「サーフィン?」
「イエス。サーフボードを買おう」
「ははは」と笑ったのは、冗談で言っていると思ったからだ。彼は自転車と財布以外、持っていないし、ぼくももちろん水着すら持っていない。海に入る準備はしてこなかった。
しかし、ぼくが適当に流すと、彼の表情が急に変わった。
「Yotaさん? 俺は真面目に言ってるんだよ」
「え?本気なの? だってうちら何も準備してきてないじゃん。それに、サーフィンのやり方わかるの?」
「わからないけど、やりたいからやるんだ」
「You are fucking crazy!!」 今度はぼくが言ってしまった。
(やりたいからやるんだ・・・だと? なんて真っ当な言葉なんだ!何も否定できない!)
彼は一度物事を決めると、盲目的になる。足取り早く、近くのサーフショップへ行き、「どのボードにしようか」と言った。
ぼくにとっては初めてのサーフショップ。いくらするんだろう? と値段を見たら、500ドル〜1500ドルくらいした。10万円前後だ。
「Cheap, cheap.」
「安くないよ!」
いやいや、おかしいだろう。こんな思いつきのサーフィンのために、10万円のサーフボードを買うだろうか? しかも、やり方もわからない上に。おまけに、果たして彼が次にサーフボードを使う機会があるのかもわからない。
「せめてレンタルだろう」
「ああ、それいいね」
(軽・・・!)
「Yotaさんもやろう。俺が出すから」
「えー、お金もったいないからぼくはいいよ。写真撮ってあげるからやりなよ」
「ダメだよ、Yotaさんもやるんだよ」
と、何もわからないままサーフボードとウェットスーツを持って店を出た二人。
「くくくっ」
とティンハオはぼくを見て笑っている。
「何がおかしいんだよ?」
サーフィンのことを何もわからないぼくは、少し不安になっていた。
「どうするよ!? 何もわからないのに俺らサーフボード持ってるよ!ははは!」
「こっちのセリフだよ!!(泣)」
しかし、改めて考えると、これはすごいことだ。
彼はビーチに出て、サーファーの姿を見て、「やりたい」と思った。そして、その30分後にはサーフィンを実現してしまっているのだ。その純粋すぎる発想力と、行動力たるや。結果的には大成功じゃないか。
そして、ぼくも若干、初めてのサーフボードにワクワクしていた。心の奥底では、「やってみたい」という気持ちがあったにもかかわらず、金銭的な理由でこれまで無意識に「サーフィン」という選択肢を捨ててきていたことに気付いた。
彼は違った。「やりたいからやるんだ」の言葉通り、一瞬で実現した。
さっき「大切なのはお金じゃない」と彼に伝えようとしていた自分だったが、「やっぱりお金も大事なんだなあ」と考え直してしまった。
十分なお金があると、
・選択肢が増える
・発想に制限がない(なんでもアリ)
・決断のスピードが速い
・実現が速い
→結果的に、より豊かな人生を実現し得る(お金の使い方を間違えなければ)
ということを、ぼくも言葉ではなく、体験を通して教えられた。
とくに「発想に制限がない」という部分は、ぼくは大いに反省しないといけない。これまで、「とにかくおもしろい発想」よりも、「資金的に現実的な発想」を無意識に優先してしまっていたからだ。そうすると、思考にブレーキがかかって、大した発想は出てこない。
一度資金的な条件を無くして、「何でもアリ」の状態から考えた方が、おもしろい発想が生まれる気がした。それに発想が優れていれば、お金の問題は後からクリアできるはずだ。実に考えさせられた。
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何もわからない二人だったが、ウェットスーツを着て、サーフボードを抱えて海に出るだけで、楽しかった。ボードにはうまく立てないし、立ってもすぐに落ちてしまったが、西海岸の波があまりに素晴らしくて、それを感じられただけでも楽しかった。
ありがとうティンハオ。何か大切なことを教えるつもりでサイクリングに誘ったけど、結局教わったのはぼくの方だった。
「じゃあ、また学校で」
初めてのサーフィンに満足した彼は、ビーチのすぐ横にUberを呼び、砂だらけのまま自転車ごと乗せて帰っていき、ぼくは家まで20km、また自転車を漕いで帰っていった。
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