課題探索の思考と行動
freeeの伊関です。現在、私はHRプロダクトの新規事業開発室マネージャーをやっています。
今年は自分自身がオーナーのプロジェクトとしてfreee人事労務 健康管理を企画、先行販売、リリースまでリードしました。
また、チームメンバーが10人ほどいて、日々さまざまな企画の壁打ち相手をしています。
その中で、時折うまくフィードバックできていないと感じる場面があり、健康管理での経験を踏まえ、課題探索フェーズで重要なことについて社内勉強会を実施しました。
ちょっとだけ社内で反響がありましたので、noteにしてみたいと思います。これから課題探索する人に少しでも役に立つと嬉しいです。
はじめに
考えたきっかけ
「もっとポジション取った方がいいよ」
「結局、何がしたいの?」
「ここのロジック甘いね」
「いきなりビジョン作れって言われても...」
「最後はエイヤーで決めちゃいました」
ビジネスシーンではよくある会話かもしれません。自分自身、耳が痛い言葉ばかりです。
こうした上司や周囲からのツッコミに対して、「そこを突っ込まれていたのか!」と理解し改善できるよう、課題探索における思考と行動に対して、フレームワークを自分なりに考えてみました。
参考にした本
今回、枠組みを考える上で参考にしたのは『リサーチの技法』(ウェイン・C・ブース他 (著), 川又 政治 (翻訳), ソシム(株)、2018)という本です。
主題とトピック、問いと主張、そして主張を支えるものたち(理由、エビデンス、認識と答え、論拠)について書かれています。
基本的にはこの流れに沿って説明していきたいと思います。
主題とトピック
主題
新規事業を考えるとき、漠然と取り組み始めると、逆にアイデアが広がりにくいことがあります。
そこで、まずは主題とトピックについて考えます。
辞書的に言えば、主題は「ある事柄で中心となる問題。主たる命題。」、トピックは「(話の)題目。論題。」です。
気候変動を例に挙げると次のような感じでしょうか。
気候変動という大きな主題の中には、海面上昇や食糧不足といったさまざまなトピックが含まれます。
私はHRプロダクトの新規事業開発担当なので、主題は人事労務関連の新規事業ということになります。しかし、これでも少し広いので、何かしらのルールを設けて主題を絞り込みます。
主題を絞るために調べたものは次の通りです。
①自社で成功/失敗した新規プロダクトの特徴は何か
②新規事業を連続的に生み出している国内/海外のスタートアップはどこか、共通点は何か
③新規事業関連の本や動画
①について
社内でうまくいった新規プロダクトの担当者にヒアリングしてまわりました。共通点は既存ユーザーへのクロスセル率が一定以上あることでした。逆に、バイヤーも業務領域も違う、いわゆる“飛び地”は簡単ではないということが見えてきました。
②について
国内事例では、IT関連ではサイバーエージェントやラクスルについてネット記事や書籍など多くの情報を見つけることができました。既存アセットを活かした染み出し、事業を評価できる基準、人材育成の仕組みが大事そうでした。
海外事例では、日本でも最近よく耳にするコンパウンドスタートアップでお馴染みのRipplingをデスクリサーチしました。
今後3ヶ月1個のペースでプロダクトをリリース、新プロダクトは5〜6ヶ月でARR約1億円を実現、新プロダクトによりコアの受注率も上がるFlywheel(フライウィール)をくるくる回していることが見えてきました。世界トップ選手について定量的に分かったことで目指すべきスピード感が掴めました。
これは最近の話ですが、All STAR SAAS CONFERENCE 2023でのRippling COO Mattさんの話も戦略や組織に関して非常に参考になりました。
③について
次のような書籍、動画を通じて情報を浴びました。
『新規事業開発マネジメント』(北嶋 貴朗、日本経済新聞出版、2021)
『新規事業の実践論』(麻生 要一、NewsPicksパブリッシング、2019)
『MBA事業開発マネジメント』(グロービス経営大学院 編著、ダイヤモンド社、2010)
『新規事業を成功させるPMFの教科書』(栗原 康太、翔泳社、2022)
『サイバーエージェント 突き抜けたリーダーが育つ仕組み』(上阪 徹、日本能率協会マネジメントセンター、2020)
『解像度を上げる』(馬田 隆明、英治出版、2022)
課題探索からグロースまでのプロセスの大枠はフレームワークが一定ありそう。新規事業にはリーダーが必要。リーダーには先天的にリーダー気質な人もいれば、後天的にリーダーになる人もいるが、後者のパターンは強烈な原体験/追体験が必要そう。ということを自分なりに理解しました。
【コラム】どうやって情報を集めるの?
メンバーから「どうやって調べるソースや視点を広げてるのですか?」という質問を受け、振り返ってみました。
過去、現在、未来と時間軸を変えたり、場所を日本や海外に移したり、別の主題(例えば会計の歴史)はどうだったか、などいろんな視点で考えていることに気づきました。
『40歳でGAFAの部長に転職した僕が20代で学んだ仕事に対する思考法』(寺澤 伸洋、KADOKAWA、2020)を整理したX(旧Twitter)投稿が参考になったので紹介しておきます。この本もメンバーの思考力を育成する上で勉強になりました。
【コラム】オカバンゴ・デルタで見た雄ライオン
少し話が逸れます。
今年5月にボツワナのオカバンゴ・デルタを訪れました。
その広大さや多種多様な野生動物が生息していることが評価され、世界遺産にも登録された観光スポットです。
現地ガイドのおかげもあって、すぐにライオンを見ることができました。
ライオンはメスが狩りをするイメージでしたが、この2頭の雄ライオンは狩りをしていました。
ガイド曰く、ライオンは大人になると群れを離れ自分のキングダムを作らなければならず、その間自ら狩りをします。そして、群れの規模は大きいが、老いた雄ライオンが統治している王国を見つけて勝負を挑み、勝てば群れを引き継ぐそうです。
この話を聞きながら、頭の中ではラクスル創業者の松本さんの記事を思い出し、自然の摂理との繋がりを感じ、眼前に広がる大自然をよそにアハ体験に浸ってました。
話を元に戻すと、全然関連のなさそうなことから類似性・関連性を見い出す「水平思考」は仕事以外でいろんな経験をしたり、本を読んだり、感性を磨くことで広がるのかもしれないなと思いました。
主題を絞る
かなり脱線しましたが、主題を絞るためのルールは次のように決めました。
飛地ではなく、染み出し領域(一定以上のクロスセル率が見込めること)で新規事業を検討
Ripplingばりのスピード感で企画から一定のARRまでの成長を目指す
課題探索からグロースまでフェーズごとに目標、やること、卒業条件、体制、予算を定義してプロセス管理する(以下の図参照)
複数のBizDevを立てて切磋琢磨する(経験的に1人だとどれくらい速く進められているか分かりにくい)
今では「新規プロダクト開発時のプレイブック」という新規事業の虎の巻を作って、企画者は抜け漏れを減らしつつ検討を進められるよう運用しています。
にゅるっと新規事業が進んで予算がついて引き戻せなくなるのを避けるべく、しっかりフェーズアップして良いかどうかを関係者で集まってジャッジする仕組みにしています。
トピック
続いて、主題の中でどんなトピックがあるか幅出しをします。
トピックを広げるために調べたものは次の通りです。
A. 国内外のカオスマップ分析
B. 国内のレポート/セミナー
C. アメリカでのHR市場のトレンドレポート
Aについて
国内海外のHRカオスマップをスプレッドシートに書き出してみて、現状どういった市場が形成されているのかを把握しました。
Bについて
調査会社、政府、学者が出してる各種レポートを読んだり、トレンド解説セミナーを受講したりしました。
Cについて
HR Predictions for 2022(Josh Bersin)というレポートがHR領域の未来予測的な文脈でよく参照されてそうだったので、見てみました。労働者に関する法律が日本と違って人材流動性が高いアメリカの話なので、全部参考になるわけではないと思いますが、いくつか気付きがありました。
これらの活動を通じて、HR関連事業の現在、未来に関して、領域や機会を洗い出すことができました。
【コラム】どれくらい情報を集めると十分なの?
メンバーから「色々調べてますが、どこまで調べると終わりですか?」という質問も受けました。
コンサルみたく情報整理そのものが提供価値である場合、これくらい調べるようです。調べ方やソース、量も参考になりますので、「新規事業を加速させるリサーチ術」という資料を貼っておきます。
他方、スタートアップでのリサーチはスピードも大事です。ここまで時間を投下できないとしても、新規事業のオーナーであれば、社内で壁打ちして自分よりこの領域について詳しい人はいないと自信を持てるレベルまで深めるのは大事だなと個人的には思っています。
その過程でユーザーはこうあるべきだ、事業をこうしたいという自我が芽生えるとともに、周囲からも信頼が得られ、その後何か始める際に動きやすくなります。
「自分は専門家ではないし...」と言い訳したくなることもありますが、新規事業を推進したいのなら、グッと堪えて、すぐに専門家になる!くらいのメンタルでがんばりたいところです。
ちなみに、私の場合、いきなり難しい専門書に手を出すと躓いてしまうため、インプットについては漫画や動画で概要を掴むようにしてます。
トピックを絞る
上記調査で、かなりの幅が出てきたので、いくつかの軸を決めて取り組むトピックを絞ります。例えば、労務がすでに行っている業務であることや働き方改革のような義務対応などの観点が挙げられます。
そうして、健康管理の領域は深堀りしてみる価値があると考えるに至りました。
問い
リサーチにおける問いとは?
『リサーチの技法』によると、次のように整理されています。
健康管理にあてはめると、次のような形でしょうか。
トピック
私は「健康管理」についてリサーチしている
問い
なぜなら、「労務の義務業務であり、アナログなツールで業務を回していて解決のためにお金を払いたい」、「戦略的な広がりがある」かどうかを私は知りたいからだ
意義/重要性
それは、「健康管理に開発投資すべきか」どうかについての「決裁者」の理解を助けるため
問いを深める
『リサーチの技法』の中で、次のような問いを自分に浴びせることが重要とあります。
自分への問いかけ方が上手くできているかは分からないですが、振り返ると次のようなことを問いかけていたように思います。
トピックの歴史を問いかける
健康管理の基礎となる法律は「安全衛生法」。実際に業務につながる具体的条項はどれ?そもそも何を目的とした法律?
前身の工場法、労働基準法とは?今後はどういう方向性でルールが変わっていくのか?
トピックの構造と構成について問いかける
社内では労務が担当している業務か?勤怠、給与計算、年末調整、入退社業務とはどういう関係にあるのか?
業務に関連してどんな登場人物が関係している?
どんな代替手段/ソリューションがあるのか?
トピックがどのように分類されるかを問いかける
健康管理は何というカテゴリでベンダーやユーザーから取り扱われている?
肯定疑問文を否定疑問文に変える
健康管理がマスト業務でアナログ管理で課題があって、なぜクラウド化していないのか?
「〜だとしたら?」と問いかける、推測で問いかける
もしマスト業務に完全に対応できるプロダクトを作ることができて業務効率化できたとしたら、労務は何をしたいと思うのか?
ソースからヒントを得て問いかける
※こちらの問いは関連する資料を読むまでは問いかけはできない種類の問いだそうです。
矢野経済レポートによると「50-99人のストレスチェックの実施率が86.9%」とあるが、本当にそんなに実施されているのか?
何のツールで何月に行っているのか?
自分の問いを評価する
で、「労務の義務業務であり、アナログなツールで業務を回していて解決のためにお金を払いたい」のか?
最も重要な問い:「それがどうした?」
健康管理に取り組むと、世の中にどんな意味があるの?
解決できたとしてその先に何があるの?
主張とそれを支えるものたち
『リサーチの技法』では次のように定義されています。
以下の図は本を参考に作成しました。
健康管理では次のようなことを考えました。
主張
健康管理は「労務の義務業務であり、アナログなツールで業務を回していて解決のためにお金を払いたい」
「戦略的な広がりがある」ため、今のうちに健康管理領域に手を打っておくことで中長期のユーザーへの提供価値向上とfreeeの成長エンジンになる
理由
全社の戦略にアライン
エビデンス
裏付けとしてのインタビュー、定量調査、マーケ活動やユーザー提案でのトラクション
認識と答え
機能が少ないし、ユーザーから選ばれないのではないか?
課題に感じている既存ユーザーはどれくらいいるのか?
論拠
社内の別プロダクトでの実績/経験や国内外のプレイヤーの取り組み
エビデンスや論拠の不在、一般的な反論に対して答えられていない、理由づけが弱く共感しにくい、などこの図を知っていると、主張のどこを突っ込まれているのかが分かりやすいかと思います。
探索ダイヤモンド
「仮説生成力を鍛える 💡 スタートアップの仮説思考 (2)」では、「仮説は事実と推論から成り立つ」と言われています。
何かを考えるための起点になるのが事実であり、これを拾い集め、思考を発散/収束するためのプロセスを私は「探索ダイヤモンド」と呼んでいます。デザイン思考におけるダブルダイヤモンドをもとに作りました。
課題探索ならバーニングニーズ特定、解決策の方向性検討なら簡単なプロトタイプでの検証が収束結果として得られるイメージです。
以下調べたことの一部ですが、紹介します。
最初はググってわかる「公開情報」をよく調べます。厚労省や政府系のレポートなどがこれにあたります。
続いて、「社内」にいる有識者にヒアリングします。健康管理業務を前職含めやったことがある労務は数名いたので、色々聞きました。
「競合」は例えば導入事例やレビューサイトでユーザーの声を拾います。
「顧客」は実際のターゲット層(健康管理では既存ユーザー)にインタビューします。ここにはスモールビジネスの意思決定に影響するステークホルダーとして会計事務所や銀行、代理店なども含まれることがあります。
1次情報(その目的のために集められた情報)については、感覚的には社内、顧客など各項目で5人に話を聞くと概要が掴めると思います。
『SPRINT 最速仕事術』(ジェイク・ナップ他(著)、櫻井 祐子 (翻訳)、ダイヤモンド社、2017)では、「85%の「発見」を得るために必要なテスト人数は「5人」となる。」マジックナンバーは5という話が出てきますが、個人的には非常にしっくりきています。
私はメンバーとホワイトボードに向かって、探索ダイヤモンドを書き、その上に集まっている事実をプロットします。そうすると、手薄な部分が見えてくるのと、事実をもとにいろんな推論を加え、新たな仮説について議論できます。
まとめ
これまで出てきた要素をまとめると次のような図になります。
実態としては、並行していろんなことが走っていたり、進んだと思ったら引き返したりと、主張が固まるまでは五里霧中な期間もありますが、緩やかに左から右へと流れていきます。
もちろんトピックの大小にもよりますが、経験上、課題探索にかかる時間はおよそ3ヶ月です。
最後になりましたが、こうしたプロセスを通じて、企画者は情報と問いを浴び、課題について原体験/追体験します。その中で、リーダーとして覚醒、極端に言えば、自分はこの問題を解決するために生まれてきたんだと信じられる主張が浮かんでくると良いなと思っています。
そして、この人が言うならやってみようという仲間が現れ、予算が付いて、課題探索が前進していくことを願っています。
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