批評 『UNTOLD サイン盗みスキャンダル』、NETFLIX,2024年ー知れば面白い背景知識解説
本作は公開されるやアメリカで、視聴数1位に輝いた傑作ドキュメンタリーである。なぜ、スポーツドキュメンタリーが視聴数1位になるのか、日本人には理解できないであろう。アメリカのスポーツを追っている、私から何点か背景知識を補わせて頂こう。
まず、ドキュメンタリーとしての評価であるが、これは素晴らしい。何の背景知識がなくとも、サスペンス・ストーリーとして十二分に楽しめる。また、きちんと多方面から「事象」を捉えており、アメリカのスポーツ言説が現在、どのようなランド・スケープになっているかが分かるであろう。
私も本作品に出てくるインターネット・スポーツ・ショーのいくつかは、YouTubeで視聴している。さすがに地方紙は読んでいないが、全国紙の方は記事を読んでいる。
1.アメフト界ではサインを盗むのはいけない行為なのか。
いけない行為ではない。本作でも説明されているが、試合中に相手のサイ ンを読み、作戦を指示することは許されている。このように考えれば良い。相手は、こちらにも見えるように公然とサインを出しているのである。それを見るなというのはお門違いであろう。ネタバレになるので、これ以上は書かない。
2.カレッジフットボールの人気
カレッジフットボールは、アメリカではNFLに次ぐ人気のスポーツである。1試合あたりの視聴者数は、MLBやNBAやNHLより上である。本作でメインとなるミシガン大学は、ホームでは1試合あたり10万人の観客を集める。また、日本と違ってその大きな特徴は、例えばミシガン大学を卒業していないファンもいるということである。
このように考えれば良い。アメリカの国土は広い、そのため近くにNFLのチームがない地域もある。そのような場所で、アメフトを観に行こうとしたら、地元のカレッジフットボール・チームのスタジアムの方が近い場合がある。例えば、アメリカの南部ではアメフトと言えば、カレッジフットボールである。
3.全米チャンピオンになるには
カレッジフットボールにもプレーオフが存在する。このプレーオフに進出するのが、去年まで大変だったのである。4チームしか、プレーオフに進出できなかった(今年からは12チームのプレーオフになる。)そして、5大カンファレンスといって、およそ10チーム強のリーグ戦をもって、プレーオフに進出するチームが決まった。
つまり、カンファレンス内では全勝しなければならなかった。本作では、ミシガン大学とオハイオ州立大学のライバル関係が描かれているが、この対戦に負けると、プレーオフ進出の可能性がゼロになるのである。そのため、主人公のパソコンがオハイオ州立大学から「ハッキング」されたのではないか、という話が出てくる。
4.NCAAとは何か
なぜ、NCAAは嫌われているのか。NCAAの始まりは、アメフトの始まりと言って良い。アメフトは、今でも危険なスポーツではあるが、昔はもっと危険なスポーツであった。競技人口が少ない(当時10大学ほどでプレーされていた)にも関わらず、年5人の死亡者を出していたという。それを見かねたフーヴァー大統領が乗り出し作られたのが、NCAAである。
NCAAは、本来大学スポーツの安全性を確保する目的で作られたにも関わらず、やがてテレビの時代が来ると、テレビ局と契約し、放映権料を差配することになる。そして、その放映権料が最も高かったのがカレッジフットボールであった。
そのときには、NCAAは大学で行われるあらゆるスポーツの上部団体となっていた。この放映権料は、あらゆるスポーツに支援をするという目的で、NCAAの肥大化を招いた。
もちろん、カレッジフットボール界は自らのお金が乗馬やアーチェリーなどのマイナースポーツに流れていることに怒り、独自でテレビ局と契約を結ぼうとする。やがて、NCAAとテレビ局との長期契約が終わり、カレッジフットボール界は、いよいよ自らの契約を勝ち取ることになった。
以上の経緯があり、NCAAには負のイメージがつきまとっているのである。つまり、搾取する上部団体というイメージである。ただし、カレッジフットボール側も自らの都合が悪くなると、NCAAの傘の下に隠れ利用するということも、起こっているのであるが(これについては、長くなるので、ここでは書かない。)
以上、長くなったが押さえておいて欲しいポイントである。このようなことを知らずとも、主人公は引き込まれそうな魅力を持った男である。楽しんでもらえると思う。
本作で、カレッジフットボールに興味を持たれた方は、下のドキュメンタリーを観ることをお薦めする。