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【百年ニュース】1921(大正10)10月27日(木) バーデン=バーデンの密約。陸軍の実情に憤慨する陸軍士官学校16期同期,永田鉄山(スイス公使館付武官),小畑敏四郎(ロシア大使館付武官),岡村寧次(欧州出張)の三名が南ドイツの保養地に集合し,長州閥打倒と人事刷新,軍近代化,総動員体制の確立を誓い合った。

南ドイツの保養地バーデン=バーデンに陸軍士官学校16期同期3人の若手軍人が集まり、陸軍の改造を誓い合いました。バーデン=バーデンの密約と呼ばれる出来事です。これが昭和戦前期の日本の行方を大きく左右したとされ、日本近代史でも重要視される出来事となっています。

バーデン=バーデンに集まりましたのは、陸軍の実情に憤慨する若手三名、スイス公使館付武官の永田鉄山、ロシア大使館付武官でしたがソ連に入国できずにベルリンに駐在していた小畑敏四郎としろう、そして約3カ月の欧州出張中だった岡村寧次やすじです。永田と岡村は1884(明治17)年生まれ、小畑は1885(明治18)年生まれですので、年齢は永田と岡村が37歳、小畑は36歳、このとき階級は全員が少佐でした。

陸軍士官学校16期と言いますと、この永田・岡村・小畑の三名のほかにも有名人揃いでして、陸相になった板垣征四郎、謀略部門のトップであった土肥原賢二、最後の台湾総督の安藤利吉、香港総督の磯谷廉介など錚々たるメンバーです。続く17期といえば東条英機ですので、結果的にですが、この世代が昭和戦前期の日本の行方の決定付けに、大きな影響力を持ったと言ってよいと思います。

さてバーデン=バーデンの三名ですが、何を話したのかと言えば、まずは陸軍人事の刷新、すなわち陸軍を支配する長州閥の打倒です。当時はまだ長州閥のトップである山県有朋が83歳で存命中でした。直近のいわゆる宮中某重大事件により権力に陰りが見えたものの、陸軍内部には以前睨みを効かせていました。また原敬内閣の陸軍大臣はやはり長州出身の田中義一、病気のためこの年陸軍大臣が山梨半造に引き継がれますが、陸軍省は田中義一の影響下、また参謀総長は薩摩出身の上原勇作ですが、のち1923(大正12)年に上原が辞任したあと、田中義一系の河合操に交替しますので、こちらも田中義一の影響力が強かったと言えるでしょう。つまり陸軍は第一世代の山県有朋から引き続いて、当時も長州閥の強い影響下にありました。

一方でバーデン=バーデンの三名はいずれも長州系ではありません。永田は長野出身、岡村は東京出身、小畑は高知出身です。派閥の解消を誓い合ったとされますが、これはすなわち長州閥の打破を意味していました。1923(大正12)年に三名が帰国すると、陸士16期のメンバーに呼び掛けがなされ、この世代を中核として、一つ上の陸士15期、一つ下の陸士17期のメンバーも加えて、若手の陸軍幕僚の会合が重ねられました。そして1927(昭和2)年にこれらのメンバーで二葉会ふたばかいが結成されます。ひとつ上の陸士15期で張作霖爆殺事件の首謀者河本大作、ひとつ下の陸士17期で太平洋戦争開戦時の首相東条英機、ふたつ下の陸士18期からはマレーの虎こと山下奉文ともゆきが参加し、総勢20名ほどでありました。

二葉会のメンバーであります、永田、小畑、東条、そして同じく二葉会メンバーで陸士15期の山岡重厚しげあつが陸大の教官だった時代、長州出身者は陸大への入学者から徹底して排除されました。1922(大正11)年から1924(大正13) 年まで 三年連続で山口県出身者はゼロでした。例えば1923年の試験では筆記試験による第一次試験では100名中17名が山口県出身でしたが、最終定員50名ですので、2人に1人が合格するはずの第二次試験で、この17名全員が不合格となっています。二次試験は口述試験、いわゆる面接試験ですので、ここで意図的な排除がなされたのではないかと、川田稔先生の2011年の御本『昭和陸軍の軌跡』では指摘されています。

またバーデン=バーデンの密約では、陸軍の派閥解消のほか、軍の近代化、そして総動員体制の確立が誓い合われました。特に永田鉄山は第一次世界大戦の前後、合計6年間にわたってドイツ周辺に滞在し、当時の欧州各国の総力戦体制、いわゆる国家総動員の事情に通じていました。永田は帰国後、1926(大正15)年の若槻礼次郎内閣のもとで国家総動員機関設置準備委員会の陸軍幹事に任命され、陸軍の新設部署である整備局動員課の初代動員課長となりました。このポジションは永田のあと、永田の腹心であった東条英機が第二代課長として受け継ぎました。

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永田鉄山

小畑敏四郎

岡村寧次


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吉塚康一 Koichi Yoshizuka
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