【植物が出てくる本】『海の見える花屋フルールの事件記』清水晴木
本のご紹介は、かなり久しぶりになってしまいました。
この本はたまたま図書館で見つけたものです。「花屋」というタイトルで、なんとなく借りて読んでみました。
『海の見える花屋フルールの事件記~秋山瑠璃は恋をしない~』清水晴木(2015年:TO文庫)
大学生の浦田公英は、ひょんなことから、千葉県の幕張ベイタウンにある花屋でアルバイトを始めることになります。
花屋「フルール」で働いている店長の娘、秋山瑠璃は、ちょっとドジだけれど、花の知識が豊富。浦田は、そんな秋山に次第に惹かれ始めます。
2人は次々と、花にまつわるトラブルに巻き込まれますが、秋山が植物の知識を生かし、見事に謎を解き明かしていきます。しかしやがて、彼女自身の秘密が明らかに……。
千葉県の海浜幕張近辺が舞台となっており、イオンモール幕張新都心近くのさくら公園や、稲毛海岸の花の美術館(現在は三陽メディアフラワーミュージアム)など、実際の地名が多く登場します。
特に花の美術館は、私も好きでよく訪れている場所なので、詳細に描かれていて、おおっと思いました。
花屋の娘、秋山瑠璃は天然な性格で、人の名前がなかなか覚えられなかったり、店頭に置いてあったバケツを蹴飛ばして、たまたま通りかかった浦田の足を濡らしてしまったり……。
しかし花の知識はとても豊富で、花のウンチクや植物への愛を語り出したら止まりません。
「ソメイヨシノは、江戸の末期の染井村の植木屋が、最初に売り出したと言われています。その時には奈良の吉野山の名前を借りて、『吉野桜』と名付けて売られていました。しかし実際、本家の吉野山のサクラはヤマザクラがほとんどなので……」
なんて、秋山瑠璃が急に語りだす描写には、ちょっと違和感も感じましたが、植物の豆知識がたくさん盛り込まれているので、楽しく読むことができました。
特に印象に残ったのは、「2輪目 サクラの匂ひ」という章です。
花屋フルールにやってきた客、岩井真智子が、実家に植えられているソメイヨシノのことで悩みを抱えている……と話し始めます。真智子の母親さくが、急にソメイヨシノの木に袋を巻きつけたり、木全体を黒い幕で覆ったり、といった奇行をするようになったというのです。
浦田と秋山は、謎を解き明かすために、真智子が注文した花を届けるという口実のもと、さくの家を訪れますが、さくの怒りに触れて追い返されてしまいます。しかし、やがてさくの行動の意味が明らかに……。
章タイトルの「サクラの匂ひ」も、ちょっとした伏線になっています。
このお話の内容が科学的にどうなのかはわかりませんが、さくの本心が明らかになる場面では、ほんわかと温かい気持ちになれました。
後半は少しハラハラしたり、秋山の過去にまつわる切ない展開もありますが、読み進めるほど、秋山の花への愛の深さが伝わります。
また、最初は花に興味がなかった浦田も、秋山との出会いでこんなことを語るようになります。
ずっと前からそこに咲いていたのに、今まで見落としていた。フルールでの仕事を始めてから花と接するようになって、自然と目がいくようになっていた。人知れず咲く花はこんなにもあったのだ。
「……花みたいな、その……、人間から離れた、日常から遠い存在だからこそ、僕達は癒されたり、元気づけられたりする事があると思うんです。……」
「小さな花が、小さな私達の世界を救ってくれるんですよ」
著者の方も、このお話を書きながら、同じような気持ちを感じていたのかなと、うれしくなりました。
読みやすいライトノベル的な本なので、幅広い世代の方にオススメできる一冊です。