政治ドキュメンタリー映画がアツい
今となっては恐ろしいが、僕は35歳くらいまで、政治にほとんど関心がなかった。それはそのまま、故郷である山形で暮らした時間であった。
選挙への立候補者の政党を意識することもなく、応援依頼があった身内の知人の知人のような人に投票していた。
政治に興味を持ったきっかけは、同性婚だろう。諸外国が婚姻の平等を成し遂げていくことを横目に見ながら、日本での動きに関心を持ち始めた。
学生のころから人権問題に関心があった。女性差別、外国人差別、障害者差別の延長線上に見えてきたのが、婚姻の平等だった。自分のセクシャリティどうのこうのというよりは、未だに旧来的な価値観に覆われる社会の空気に問題を感じていた。教師として人権教育に力を入れる一方で、現状にもどかしさを感じていた。
政治をテーマにしたドキュメンタリー映画を観たのは、東京に来てからだ。
そもそも地方には映画館自体が少ない。その少ない映画館の中で、ドキュメンタリー映画を上映しているところは限られる。
そんな中で幸運だったのが、住んでいた地域に、ドキュメンタリー映画を上映している単館映画館(大手の映画館とは独立した映画館)があったことだった。コロナ禍の中でいったん閉館となったが、その後市民の手で再建されている。
まちなかキネマ
また、山形は国際ドキュメンタリー映画祭でも知られている。だから、ドキュメンタリー映画自体に親しむ機会がなかったわけではない。
山形国際ドキュメンタリー映画祭
それでも、ドキュメンタリー映画は、どれも他人事という気がしていた。遠い国の戦争、貧困。遠い街の環境問題。問題意識は持ちながらも、どこか他人事だった。
それが、東京に来ると、映画を観るチャンスが圧倒的に増える。マスコミが報道するような作品は最も早くに公開されるし、期間も回数も場所も十分にある。
そして何より、知る人ぞ知る、海外では話題になっているが日本では告知されていない作品や、限られた映画館でしか上映されないインディペンデント映画を観ることができる。
それは、単館映画館が充実しているということが大きいと思う。大手の映画館とは違った、独自のラインナップを提供している単館映画館。そこで火のついた作品が、大手の映画館での上映につながることもある。
僕がよく行っているのが、ポレポレ東中野と、アップリンク吉祥寺である。興味を持った作品を検索すると、これらの映画館に行きつくことが多い。
ポレポレ東中野
アップリンク吉祥寺
そうした機会に加え、自分自身が東京に住むことで、当事者意識が高まったことも大きい。
テレビの中の「政治」が我がことのように感じられるようになった。芸能人のように思えていた政治家が、当たり前に街頭演説する土地に住むことになったのだ。
そんな中で、安倍元総理の銃撃事件に端を発し、政治と旧統一教会とのつながりが話題になり、陰謀論のような陰謀があったことが見えてきた。
そのようなときに話題になったのが、内山雄人監督の「妖怪の孫」だった。多くの国民がもやもやしていた、政治と旧統一教会のつながりについても触れ、安倍元総理の人物を通して、「失われた30年」を描いていた。
この作品の主眼は、主権者の責任にある。我々主権者が何をしてきたのか、何をしてこなかったのか。そして、今何をすべきなのか。
この映画からは、マスコミが何もしてこなかったわけではないことも窺える。大きな力の一方で、小さな力でも真実を告発してきた人達がいる。彼らに対して、我々は何をしてきたのか。
我々はさまざまな「妖怪」にとりつかれているのではないか。このドキュメンタリー映画には、まさに当事者意識を持って観ることが求められていたのだ。
妖怪の孫(内山雄人監督)
選挙っておもしろい、と思えたのが、前田亜紀監督の「NO 選挙,NO LIFE」だった。
選挙ライターの畠山理仁(はたけやま みちよし)さんを追ったドキュメンタリーだが、同時にそれは選挙の立候補者のドキュメンタリーでもある。特に泡沫候補と呼ばれる、多くの有権者が見向きもしないような候補者たちの魅力を教えてくれる。
投票に行きましょう、という空虚なスローガンとは全く違い、選挙のおもしろさが伝わってくる。選挙というエンターテイメントを最大限に楽しまなくては、と思えてくる。
選挙は、フェスやライブのようなエンターテイメントではない。権謀術策がうごめき、人情味あふれる映画のようなエンターテイメントだ。積極的に知ろうとしなければおもしろみがわからないが、知れば知るほどおもしろくなる。
NO 選挙,NO LIFE(前田亜紀監督)
杉並区民として絶対観なければと思ったのが、ペヤンヌマキ監督の「〇月〇日、区長になる女。」である。
注目の区長を描いているということで、関心があった。選挙当時から、街頭での活動に熱があるのを感じていた。多くは知らなかったけれども、応援していた。
映画で描かれた岸本さんは、ずっと魅力的で、人間味がある人だった。そしてそれ以上に、その岸本さんを取り巻く杉並区民達が魅力的だった。この映画の主役は、間違いなく市民である。
そうだ、主権者は市民なんだ。そして、政治の中心も市民なんだと気づかされた。
政治が施す側、市民が施される側なのではない。市民が中心となり、政治を注視し、政治を動かしていくことが必須なのだ。
この映画には、本当に元気と勇気をもらった。そして、自分たちが動いていかなければならないと励まされた。
〇月〇日、区長になる女。(ペヤンヌマキ監督)
そして、先日公開され、東京での公開がいったん閉じられた話題作が、岡森吉宏監督の「#つぶやき市長と議会のオキテ 劇場版」である。
この映画の中の「#つぶやき市長」こと石丸伸二市長と、安芸高田市議会の反対会派、中立会派、そしてマスコミを描いている。
この映画からも、政治に、市民の注目や参加が不可欠であることが伝わってくる。何も見ようとせず、信頼という名の無関心で任せてきてしまったことで、自分達の将来が脅かされていることに気づくのである。
自分達の将来が脅かされていることすら自覚しないまま、安穏と毎日を過ごしていた。それはそれでいいのかもしれない。目の前の暮らしを守るのに必死なのかもしれない。
けれども、将来はどうなのか。汚職を放置し、是々非々の議論も通らないままに、オキテに沿った政治が続いた先に、明るい将来はあるのか。
また、マスコミを描いていることも大きい。マスコミが、政治をブラッシュアップするための手掛かりを見出そうと奮闘する様子が伝わってくる。それを我々は、どのように捉えているのか。そのチャンスを活かせているのか。
そして何よりも、主権者が政治家として立ち上がることの必要を感じた。「誰か」が良い政治をやってくれることを祈っていても仕方がないのだ。「自分」が政治家として立ち上がらなければならないのだ。
トークショーで畠山さんが言っていた。選挙は「よりマシな、地獄の選択」なのだと。自分の理想とする政治家なんているわけがない。それでも、選ばなければならない。
「政治を信頼していないから投票に行かない」というのは明らかに悪手である。「政治に怒って投票率が下がる」という流れは変えなくてはならない。投票率が下がって嬉しいのは、その信頼できない政治家なのだ。投票に行かないということは、自分は存在しないと言っているようなものだ。
そんな中で、自分も「よりマシな地獄」にだったら、なれるのではないか。せめて、選択肢を増やすことにはなるのではないかと思った。
選挙の立候補者が少ないということは、それだけで市民の関心は低くなる。たとえ泡沫候補と言われようとも、そこに意味はある。
特に地方議会は選択肢が少ない。自ずから、オキテに沿った政治が進んでしまう。それを防ぎたければ、自分が政治家になるしかない。「誰か」なんて人はいないのだ。
この作品は2024年5月いっぱいで、東京都での上映はいったん終了する。この映画の主人公の一人ともいえる石丸伸二市長が、2024年7月7日投開票の東京都知事選への立候補を表明したためだ。
この映画がどのように影響を与えるかはわからないが、さしあたりそれまでは上映を中断する方針とのことだ。だからこそ、あわてて観に行ったわけだが。
#つぶやき市長と議会のオキテ 劇場版(岡森吉宏監督)
最後にトークショーの話題も出したが、これらの劇場公開時には、上映終了後のトークショーが開催された。僕はいずれもトークショーにも参加している。
単館映画館では、インディペンデント映画を多く扱っていることもあり、このようなトークショーが多く開催されている。これもまた、単館映画館の魅力の一つである。
映画の中の人物や、監督、プロデューサーの話を聴くことで深まる理解もある。映画の見方が変わることもある。
特に、政治ドキュメンタリーは、映画の中では描けなかった部分もおもしろい、ということもある。映画はもちろん、その背景にあるいろいろな大人の事情。それを楽しむこともおすすめしたい。
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