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クラシック音楽館に寄せて〜マーラーのアダージェット

クラシック音楽館「いま届けたい音楽~音楽家からのメッセージ」のトップバッターは、パーヴォ・ヤルヴィによる、マーラーのアダージェットだった。

まず、パーヴォは、次のようなメッセージを寄せている。(以下、番組中の字幕より引用)

パンデミックが世界中に広がる恐ろしい時代に 音楽は ますます大切なものになっています
音楽は心を慰め 癒やし そして常に寄り添ってくれる相棒です
N響との共演で最も心に残った公演の1つがマーラーの交響曲第5番です
その中から アダージェットをお送りします
少しでも気持ちが前向きに そして癒やされることを願います
世界中で起こっていることを つかの間でも 忘れていただければと思います

このメッセージに、この曲ほどふさわしい音楽はないかもしれない。

この曲は、指揮者としても活躍した作曲家、マーラーの作曲の中でも、特に有名なものの一つだろう。

正確には、交響曲第五番の第四楽章なのだが、映画『ベニスに死す』で使われたことで、一躍有名になったとされる。


この曲はまさに、「心を慰め、癒やす」音楽である。

他の楽章とは違い、弦楽器とハープだけで奏でられる。弦楽合奏の透き通った音色が、心を癒やしてくれる。

冒頭のハープが印象的だ。ハープの音色が、静かなメロディへ優しくいざなってくれる。多くのことで雑多になった日常の中に、光を射してくれたようだ。

静かに始まるメロディは、低く、ゆったりと心をつかむ。

今までの喧騒がうそのように、静けさに驚く。

低く、穏やかに繰り返されるメロディは、ここが安心感に満ちた場所だと教える。

音の上昇とともに、弦楽器全体が一体となって響いていき、胸にあった不安をさらってしまう。目の前の音楽に集中していく。

穏やかさの合間に、胸を締め付けるような旋律が時折訪れて、大きなうねりを作り出す。

大きな流れの先に、冒頭のメロディが再び戻ってくる。ここはもう、見慣れない場所ではない。よく知っている場所だ。

まぶしいほどの光に包まれながら、静かにメロディが地上に降りて、終わりを迎える。

こうして、つかの間我々は、全てを忘れて、癒やしに身を浸すことができる。


音楽は時に、絶対的なセーフティーゾーンを与えてくれる。辛さと複雑さの中に、癒やしと秩序を与えてくれる。

その為には、音楽に力強さが必要だ。この曲は、静謐でありながら、とても力強い。

今、この瞬間にも辛い感情から逃げられない人への処方箋として、これほどふさわしい曲はないかもしれない。

個人的には、安藤政信が監督したショートムービーもおすすめ。ショートムービーを集めた作品「ショートフィルムズ」の中の一遍として収録。マーラーのアダージェットと映像が見事にマッチしていて、幻想的な気持ちにさせてくれる作品。


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吉村ジョナサン(作家)
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