【読書のきろく】なずな
前回の『非常時のことば』の中で紹介されていた作品。
弟夫婦が事故と病気でふたりとも入院する。その結果、生まれていくらもたっていない姪(女の子)の世話をしなければならなくなった中年男性「私」の物語だ。独身の男性が自分の子どもではない赤ん坊を育てる物語、それが『なずな』である。
>『非常時のことば』|高橋源一郎 著 p.193より
どんな物語なのか、すごく気になりますよね。
図書館で見つけてみると、辞書と同じくらいのサイズにまずはびっくりしてしまいました。最終ページは437。本の厚みと重さが、ずしり。
でも、読めば読むほど、どんどん心が軽くなるように感じました。なんとも言えない、やさしい世界に運んでくれます。
描かれているのは、赤ちゃんと私の日常。地方の新聞記者の仕事を在宅勤務にしてもらい、職場のスタッフ、バーのママ、小児科医院の先生家族、取材先で出会う地域の人たちに助けられながら、一日一日を大切に繰り返していきます。
赤ちゃんは、そこにいるだけで世界の中心になる。そのことが、人のつながりや交流を通じて、自然としみこんでくる感覚になります。
赤ちゃんの表情やしぐさ、ことばにならないことば、慎重に接するこちらの行動や心の動きなど、細やかな部分をつかまえるのがとても丁寧で、その表現の豊かさには何度も感動しました。
赤ちゃん用の石鹸をてのひらで泡立てて、身体中のくぼみとくびれをそっと撫でてやる。そう、洗うというよりも、撫でてやる感じだ。首や脇の肉付きがどんどんよくなってるのがわかる。洗い終わったらガーゼケットで体を包んで、いっしょに湯船につかる。なずなはまだこちらを見つめて、目をそらそうとしない。しばらくすると、丸く開いたさくらんぼのような口から、ほう、という声が漏れて、ユニットバスの壁に跳ね返った。ほう、と私も返事をする。もう一度。もう一度、ほう、と言ってくれないか。しかし彼女は、やわらかい肌だけでなく瞳まで湿らせて、満足そうに、ぼんやりこちらを見あげるばかりである。
>『なずな』|堀江敏幸 著 p.98より
口から空気が抜けた無意識の音なのか、何かを伝えようとして発した意図的な音なのか、最初のうちは大人の感じ方次第かもしれません。でも、だんだん音の輪郭がはっきりしてきて、こちらに対する反応になっていく。
そんな赤ちゃんの成長を、やさしくやさしく見守っていく。読んでいる僕たちも、赤ちゃんの隣で腰をかがめて、一緒に何かを語りかけている。
そんな世界を体験させてもらいました。
登場人物も素敵な人ばかり。
子どもも、おとなも、おじいちゃんたちも。
生きていることを大切に扱いたくなる作品です。
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読書のきろく 2020年46冊目
「なずな」
#堀江敏幸
#集英社
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