身の上話【読書のきろく】
秘密と罪悪感の扱いの難しさは、人を動かして物語を生む
じわり、じわりと続く、佐藤正午祭り。この週末に読んだのは、『身の上話』。
主人公は、ある地方都市で生まれ育った書店員のミチル。彼女の身の上話が、語られています。そう、語られているんです。
小説としては珍しい(と、僕は思いました)、「ですます調」の文体で、淡々と語られながら進みます。中身は結構激しく動くのに、語り口調が淡々としているから、気づいた時にはその世界からもう抜けられなくなっている感じでした。
主人公のミチルは、もともとおとなしくて平凡で、周りに流されやすいタイプ。彼氏がいる身で、不倫をしてしまい、ちょっとした出来心から不倫相手について東京行きの飛行機に乗ってしまいます。その途中で買った宝くじが当選し、秘密を抱え込んでしまったせいで、周りの人との歯車がズレながらどんどん思わぬ方向に転がっていく。
あえてキーワードを当てはめるとしたら、「秘密」「罪悪感」「金銭問題」でしょうか。これらが揃えば、いろんな物語が生まれると思います。ただ、材料が同じでも、料理の仕方が変われば、いくらでも魅力的になるし陳腐にもなる。
小さな秘密や罪悪感はきっと誰の心の中にでもあるし、この社会で生活している以上はお金から完全に切り離されることはない。
だから、何かしら思い当たる節が頭をかすめながら、物語として表現された人のつながりやそこから生まれる事件のおもしろさを、存分に楽しませてもらった作品でした。
物語の語り手と、主人公であるミチルの関係は、冒頭で「私の妻」と書かれたまま、後半部分に行き着くまでまったく触れられることはありません。不倫相手、彼氏、幼なじみと、主要な男性が登場するけど、どの人でもなさそうです。
一体、誰なんだろう。なぜなんだろう。この先、どうなるんだろう。
そんな疑問を抱えたまま、ソワソワしながら読み進めて、謎が解けて安心しかけたところにも驚きの展開が待っていて、あんまり書きすぎるとネタバレになるからこの辺で止めておきますが、最後まで楽しませてもらえました。
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