MindJazzってなんだろうVol.3/寺山修司との出会い
MindJazzってなんだろうVol.3です。
MindJazzを考えて40年が過ぎました。
もうあまりマインドだ、ジャズだというのは散々考えたので、
もう良い気がしますが、大切なこと書いておこうと思います。
今から45年くらい前、1970年代の後半私は『寺山修司の天井桟敷』にいました。いわゆるまだ、アングラ劇団と言われていた頃です。
当時は、『唐十郎の黒テント』、『鈴木忠志の早稲田小劇場』と刺激的な劇団が数多くありました。
その中でも一際、異端を発していたのが寺山率いる天井桟敷でした。
私はその中で作曲の補助&演奏。
当時の参加メンバーを見てみると、まあ今ではレジェンドとなった人ばかり。
横尾忠則、カルメンマキ、美輪明宏、新高恵子、小椋佳までいます。
彼は多方面に活躍するマルチ作家の走りで、歌人、劇作家、詩人、俳人、映画監督、脚本家、作詞家、ジャズ、競馬評論家と八面六臂の活躍をしていました。
そんな彼がある時、独特の青森訛りで私に声をかけ『君のジャズはどんなジャズ?』という。
そう、私はジャズをやるため上京、一旗あげようとしていたのです。
彼はジャズ評論でも半端でない知識を持っていました。
?・・・ジャズはアメリカで生まれたもの、自分のジャズなんかはない・・。そもそも自分は日本人。
これは確か24.5歳の頃と思います。
その言葉がことある度にずっと頭をよぎります。『君のジャズ』そんなものがあるのだろうか?
それから間も無く東京を離れ、君のジャズ(MindJazz)を探し始めるのです。 長い長い君のジャズ(MindJazz)探しの旅の始まり(1983年)です。
1983年は寺山修司が亡くなった年です。
今回はここまでにしましょうか。
ありがとうございました。
See You Soon!