トマとセリ 【ウミネコ文庫応募】
トマとセリはなかよしです。
毎日、何時間もおしゃべりして、何でも話せる、友達です。
トマの家ではネコを飼っていました。
セリの家ではイヌを飼っていました。
セリはネコも好きでしたが、トマはイヌが嫌いでした。
だからといって、ふたりは変わりません。
誰にだって、好きなものと嫌いなものがあって、あたりまえ。
トマは走るのが得意でした。
セリは本が好きでした。
トマは本も好きでしたが、セリは運動が嫌いでした。
だからといって、ふたりはなんにも変わりません。
誰にだって、得意なものと苦手なものがあって、あたりまえ。
トマは女の子でしたが、心は男の子でした。
セリは女の子ってちょっと損みたい、と思っていました。
誰だって、心がいろんな形や色をしていて、あたりまえ。
それでもふたりは同じものを見て笑い、同じものを見て泣きました。
ある日、隣町の工場が大きな爆発音とともに壊れました。
そして、空気が汚れました。
トマとセリの街にもうっすらと煙が漂ってきて、息ぐるしくなりました。
目に見えない悪いものがばらまかれたようでした。
たくさんの人が、たくさんの噂をしました。
ほんとうか嘘か、確かめることができないままのことが、袋を開けるのに失敗したドロップスみたいに飛び散りました。
ある時、トマがいいました。
工場長が悪いんだって。みんな、そう言ってる。
セリは、不安になりました。
セリは、周りの人に聞いてみました。
「そうだ、工場長が悪いんだ」という人もいれば「そうじゃない、偶然の事故だったんだ」という人もいました。「そもそも、あの工場の製品に、問題があった」という人もいれば「町長が、工場なんて、建てるからだ」という人もいました。
みんなばらばら。
セリのお父さんは「本当のことがわかるまで、なにも言わないことだ」と言いました。
「どうやったら、本当のことがわかるの?」
セリは、ほんとうのことがわかったら、トマに教えてあげたいと思いました。
「もうすぐ、裁判が始まるよ。そうしたら、わかるだろう」
お父さんは言いました。
あるとき久しぶりにトマに会うと、トマは言いました。
「工場長は、モンスターなんだ。最初から、街を破戒しようとして、やってきた」
セリは、びっくりしました。
「誰に聞いたの?」
「みんな、言ってる」
「どこで、聞いたの?」
「町中の、噂だよ。貼り紙がしてあった」
セリは、トマが心配になりました。その貼り紙は、遠くの町からやってきた人たちが、貼っていったものでした。
お父さんは
「そういう商売の人がいるんだよ。不安をうえつけて、面白がったり、何か売ろうとしたり、その不安を利用しようとしている人が」
と言っていました。
だからセリは言いました。
「それは、うそなんだよ」
「じゃあ、セリはぼくがうそつきだっていうんだね?」
「そうじゃない。でもそれはまちがってるの」
「なんでそんなことわかるのさ」
「お父さんが言ったから」
「きみのお父さんは絶対に正しいの?きみのお父さんがうそつきかもしれないじゃないか」
セリは悲しくなってうつむき、そっと、トマのそばを離れました。
どうしたら本当のことがわかるのかな。
どうしたらこんなふうに言い争わなくてすむのかな。
むずかしくて、わからなくなりました。
翌日、トマが家に来ました。
「昨日は、ごめんね。セリ」
セリは、ううん、と言いました。
「わたしも、ごめん。トマ」
「思い出したんだ。ぼくはまだ子供だってこと。子供は、大人みたいになっちゃだめだよね」
セリは、少し、首をかしげました。どういうこと?
「ぼくはずっと思ってたんだ。この世界が子供だけなら、すごく平和なんじゃないか、って」
「そうかな。仲間はずれも、悪口も、あるよ」
「子どもは、仲直りができるよ。大人は、思い込んだら変わらない。大声で怒鳴ったり、暴力をふるったり、陰口をたたいたり。しまいには、他の街や、他の国の人と戦いはじめる」
「わたしたち、仲直りできる?」
「仲直りしに来たんだよ」
セリはやっと、にっこり笑いました。
「でもね、トマ。わたし、わからなくなったの。わたしは、お父さんを信じたい。お父さんの言うことが、間違っているとも、思わない。でもそれが、お父さんの本当の意見なのかはわからない。これが自分の意見なのかも、わからない。だけど、だけど、誰かの悪口を言うのは、嫌だ、って思う」
「うん。ぼくも、同じことを考えていたんだ。きのう、セリとけんかして、誰かが言ってることを、そのまま自分の意見だ、って思ってたことに、気づいた。それは、嫌だなって思った」
「どうすれば、いいのかな。大人はみんな、喧嘩を始めてる」
セリはため息をつきました。
「ぼくが怖いのは、大人になったら、あんなふうになっちゃうのかな、ってことだ。
大人は――
小さいものは大きいものの言うことをきくのがあたりまえ、って言う。
経験することや、年を取ることが偉い、って言う。
いいことも悪いことも関係なく、昔からやってることがいいことだ、って言う――
子供はみんな泣いてるのに、子供の言うことになんか、耳を貸そうともしない」
そうなりたくないよ、とトマは言いました。
私も、なりたくない、とセリは言いました。
大人になんか、なりたくない。
大人になんか、なりたくない。
工場からは、いまも煙がもくもくと出ています。
空気はますます汚れ、みんな、家に閉じこもるようになりました。
学校もお休みばかりになりました。
トマとセリも、なかなか会えなくなりました。
手紙を書いても、郵便屋さんは三日に一度しか来ませんでした。
もしかしたら、近いうちに、郵便が届かなくなるかもしれません。
さみしいよ、セリ。
さみしいわ、トマ。
いつか綺麗な空の下で、きっと会おうねと約束しました。
会えなくても、話せなくても、あなたを想うよ。
残酷に時は流れ、会えない間に、ふたりはそろって初潮を迎えました。
トマは絶望し、セリはほんのり膨らんだ胸を触ってみました。
このまま、大人になってしまうのかな。
汚れた国の汚れた街で、大人になってしまうのかな。
ある日セリはトマから手紙を受け取りました。
ねえ覚えている?
まだ工場が壊れていなかったころ
ぼくたち一緒に、月を見たよね
まんまるのふかふかのお月さま
セリはトマに返事を書きました。
ええ覚えているわ
わたしたち一緒に、雲をみたよね
青い空に、ぽわんぽわんと流れていく雲
煙のないところまで行ってみようよ
と、トマの手紙にはありました
きっと、どこかにあるはずだから
さようなら
さようなら
工場の見える丘の上
枯れ果てた大樹の根元で
ふたりは街に手を振りました。
わたしたちは行く
ただ希望を抱いて
さようなら
さようなら
ふたりのゆくえは
だれも知りません。
春
枯れた大樹の根元には
小さな芽吹きがありました。
了(3,020字)
ウミネコ文庫さんの童話集、という記事を目にしたとき、一瞬にして心が持っていかれ、参加したい、と思いました。生憎、当時はとても忙しく、リアルタイムで参加することができず、忸怩たる思いを抱いていましたが、追加募集があると聞き、それを希望にしてまいりました。なんとか滑り込めたかも――!
ルビなど振ってみましたが、ちょっとダークな大人の童話になってしまいました。
コロナ禍に書いたものを、手直ししたものです。
遮断されたコミュニケーションや玉石混交の情報過多によって、閉じ込められたような閉塞感があったし、みんなが疑心暗鬼になったようなあの独特の空気感を、書いておきたい気がしていました。
いつだって犠牲になるのは子供たちで、子供たちを引き裂いているのは大人なんだと思います。そして「少女たち」には一時期、こういう「エクソダス」願望というのがあるように思えます。
こんなんですけど、いいでしょうか――?