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うどん記念日【#白4企画応募】

 うどんが食べたいときみが言ったから今日はうどん記念日、というわけではないけれど、突如うどんを食べに行くことになった。
 新幹線で岡山へ向かい、岡山から香川へは、マリンライナーに乗って瀬戸大橋を渡る。
 なんとなく観光気分になるマリンライナーは、大小の島々が浮かぶ風光明媚な海の上を、がたたんごととんと渡る。
 朝早く家を出て疲れているはずなのに、鉄道旅はいいねえ、と隣で「きみ」―――白井鳳介おうすけはご満悦だ。
 車ではなく電車に乗りたいと言ったのは鳳介だ。うどんを食べに行くためだけにマリンライナーに乗るのは初めてだと笑っている。ぼくもうどんのためだけにはるばる東京から新幹線に乗るのは初めてだ。飛行機に乗ろうと言ったのだが、鳳介は電車の旅がしたい、と言った。
 せっかくだから、香川の親戚の家に寄ることにしていて、お土産に岡山から廣榮堂のきびだんごを持参した。東京土産は「東京ばなな」だ。
 お土産品はたいていどれも一緒だとは思うのだが、岡山では必ず五味太郎の絵がついている廣榮堂のきびだんごを買うことにしている。
 鳳介は小さい頃から五味太郎のファンだと言った。『きんぎょがににげた』も『さる・るるる』も大好きだったという。
「五味太郎って言えば、『誰でも知っているあの有名なももたろう』って本があるじゃない。あれって廣榮堂の150周年記念出版だったんだよ」
 なんて話を、鳳介は嬉しそうに、した。
「女木島に行くのもいいね。うどん食べたら、女木島に行こうか」
 思いついたように、鳳介はそう言った。悪いけどぼくは最初からそのつもりだった。小豆島も魅力的だけど、女木島もいい。
 1時間ほどで高松駅に着いた。ホームの向こう側には、照り付ける太陽の下、予讃線のアンパンマン列車が停まっているのが見えた。
「子どものころ、アンパンマン列車に乗りたかった」
 と、鳳介は言う。でもあれは特急でお金がかかるからと乗せてもらえなかった、と笑う。
 鳳介のお母さんは観音寺の出身で、ぼくの母は丸亀の出身だ。今日会いに行く親戚はぼくのほうの親戚で、高松市内に住んでいる。母の妹の家だ。ぼくと同じ年のふたごの従兄弟がいて、昔から仲が良かった。連絡したら急だったにも関わらず、泊めてくれると言った。
 親戚の家は栗林公園のほうにあって、高松からは琴平電鉄に乗る。
「コトデンっていい名前だよね」
 と、鳳介は、延々電車に揺られているのに、まったく飽きることのない鉄道オタクだ。ぼくは正直、少し疲れていた。
 鳳介と知り合ったのは何がきっかけだったか。
 大学に入って初めて知り合ったのが鳳介だった。母親の郷里が同じとわかってから急速に親しくなった。
「鳳介はタフだな」
 そう言ってみたのは、先日の鳳介の言葉をどこかで否定したかったからかも知れない。鳳介は、柴っちがひ弱なんだよと笑った。小柴と言う名のぼくは彼から「柴犬シバケン」「柴っち」と呼ばれている。名前は賢太郎だ。見た目も柴犬みたいだとよく笑われる。
 ついこの前、鳳介に「おれ、病気みたいっす」と告白された。「なんかよくわからないけど、治せないって言われた。元気なうちに好きなことしろってさ」などと言う。
 なにがなんだかわからなかった。サッカーをこよなく愛する鳳介は小柄だが機敏なタイプで、筋肉質な体つきをしていた。どこをどうすると彼が病気で余命僅か、ということになるのか、さっぱりわからなかった。
 しかし、別に嘘をついてぼくをからかっているわけではなさそうで、その時も気軽な言い方の割には沈痛な顔をしていた。
「そういうわけで、おれはうどんを食いに行くから、ついてこい」
 宣言され、嘘か本当かわからないままにここに来た、というのがここまでの経緯だ。

 栗林公園駅で降りる。駅まで双子が車で迎えに来ていた。双子はまるでハリポタから抜け出て来たかのような双子だった。容姿は違うが、行動がまるでフレッドとジョージだ。
「おお、来たか。わしや、わしや」
 と、二人でワシワシいうのだが、どっちがどっちだかわからない。ひとりがタカシでひとりがマサルなのだが、区別がつかなかった。彼らはそれを楽しんでいた。
「あはは。シバケンのいとこがタカとサルってウケる」
 鳳介はげらげら笑った。
「犬、鷹、猿。そしてきびだんご」
 そう言って鳳介はふたりに五味太郎の絵のついたきびだんごを渡した。
「それを言うなら雉ちゃうん」
 たぶんタカシが言った。
「ええの。雉より鷹のほうがかっこええわ」
 たぶんマサルが言った。
 それから叔母さんの家に行って、叔母さんには「東京ばなな」を渡した。それから四人でわいわい飯を食べてきびだんごを食べて風呂に入って寝た。
 翌日は早朝から叔母さんが作ったおにぎりを食べて、全員Tシャツに短パンの軽装で、家を出た。
 鬼が島行きのフェリーは数がないから注意せないかんよ、と叔母さんは言った。女木島の別名は鬼ヶ島だ。鬼ヶ島という通称のほうが有名だ。
 叔母さんはさらにうっかり小豆島に行かんようになと言ったが、双子は鬼ヶ島、鬼ヶ島とサラウンドで騒いでいる。鬼ヶ島に行ったら美味いうどん屋なんかないでと言うので、フェリー乗り場までの間にうどんを食べに行くことにした。
 双子が良く行くという瓦町のセルフのうどん屋でうどんを食べた後、またコトデンで高松築港駅に行き、高松城を背後に炎天下をフェリー乗り場まで歩いた。暑いけれど海が見える。風が吹いている。のどかだった。フェリー乗り場からは屋島が見えた。
 フェリーに乗ったとき、きびだんご食べたからお前らおれの家来ね、と鳳介が言った。今から鬼ヶ島へ行って鬼退治だ、という。ノリのいいタカシとマサルはあー鬼退治っすね、いいっすねと鳳介の言い方を真似て笑ったが、双子にしかわからないような感じの視線を交わしている。都会から来て偉そうにしている鳳介が少し癇に障ったのかもしれない。
 ぼくは、はしゃぐ鳳介が怖かった。
 タカシとマサルに、鳳介は余命いくばくもないのだからそのくらい許してやってくれと言いたくなったが、だいたいあれが本当の話なのかも分からないのに迂闊なことは言えなかったし、本当の話なのだったらタカシとマサルは知らない方がいいに決まっていた。
 20分ほどであっけなく女木島に着いた。夏休みの快晴の空の下、家族連れが我先にとフェリーを降りて行ったあとを、鳳介とぼくとタカシとマサルは悠々と島に降りた。
 家族連れは海水浴場のほうに歩いて行ったが、ぼくらはなんとなくぶらぶらと歩き、一番近い建物に入った。『鬼の館』だ。相談もせずに入っていったのは、ただ単に暑かったからだ。『鬼の館』では、なにやら島の洞窟に鬼がいたという伝説についての展示が行われていたが、ぼくらは熱心に見るふりをしてただ涼んでいた。鬼退治に来て鬼の館に来たのだから、鬼を退治しなければならなかったが、ここらの鬼はつまるところすべて退治されてしまった後なのであり、それだからこそ物産館と観光案内所と郷土資料館としての『鬼の館』が出来たのであり、そう。
 要するにやることはもうなかった。
「鬼って海賊のことだったんだ」
 鳳介はぼんやりとした顔で言った。
「そういう説があるってことだろ」
 とぼくが言うと、興味がなさそうにへえ、と言って、土産物のほうに歩いて行った。
「鬼ヶ島に来たんだから、鬼の洞窟に行かなくちゃね」
 そこいらにあったパンフレットをめくって、鳳介は言った。子供のころから何度も女木島に来ているタカシとマサルは「へーい」と言って、たらたら鳳介の後ろを歩いていく。ぼくの連れて来た客だからしょうがないし、きびだんごを食べたし、と思っているようだった。双子は昔から、意外と義理堅くて優しい。
 洞窟行きのバスは1時間に1本くらいで、10分くらいで着く。時刻表を見ると行ったばかりのようだった。
 相談するでもなくぞろぞろと施設を出ると、なぜかモアイがあった。海に背を向けて、目の下に濃い影を作って深刻な顔をしていた。そのまま進めば海水浴場だが、ぼくたちはまた施設に戻って涼んだ。
 外は暑い。
 全員大学生なので、大学の話やなんかでぐだぐだと時間をつぶし、アイスを食べて、時間になったので洞窟へ向かった。
 洞窟にはすぐ着いた。なんとなく滑稽な、髪がふさふさの赤い鬼が金棒をもって座っている。観光客が何人か一緒に乗っていて、少し身をかがめるように洞窟に入っていった。
 中はひんやり涼しい。
 洞窟は人工的に作られた洞窟らしく、未だに謎が多いらしい。中にはさっき外にあった鬼と同じような、赤鬼や青鬼が配置してあった。
 ぼくらは淡々と歩き、普通に観光し、謎の天満宮で柏手を打ち、洞窟の外に出た。
「すでに退治されたあとじゃったな、鳳介」
 たぶんタカシが言った。
「気のええ鬼ばっかりで良かったのぉ、気を落とさんでええ、なんちゃあない」
 たぶんマサルが言った。
 鳳介はにやにやしていた。
 手柄も宝もないままぼくたちは、帰りのバスを待った。洞窟の中は涼しくて寒いほどだったが、外は暑い。それでも小高い山の上らしく、港よりは涼しい気がした。
 なにもかもがゆったりとしていた。時間がゆるく流れていた。誰かが見ればただの大学生の旅行者であろうぼくたちは妙な距離感のまま、妙な感じでひとかたまりになっていた。
「わしは桃太郎より鬼のほうがええ。海賊王に、おれはなる」
 たぶんマサルが言った。
「100巻過ぎてもなれとらんが」
 たぶんタカシがまぜっかえした。双子はそうやっていつまでも話していられるようだった。ある意味羨ましい。
 それからうどん屋ならどこがいいか、という話になった。
「高松駅にあるうどん屋は、うまいの?」
 鳳介の質問に、あれは接待用や、庶民は行きよらん、うどん県なのに駅がうどん屋で埋め尽くされとらんのはどうなん、問題ちゃうん、とたぶんタカシが言った。ほんまや、うどんは郊外の古い汚い小屋みたいなうどん屋がいっちゃんや、高松市内ならセルフのうどん屋一択と、たぶんマサルが言う。
「おかんが言うとったが、瀬戸大橋がなかった時代の、岡山行きのフェリーの中で食べるうどんが激ウマだったらしいのぅ」
 とこれは確かにタカシが言った。
 うどんの話をしているうちに、鶏の話になった。丸亀の「一鶴」の「骨付鶏」がすっかり有名になったが、昔はそんなに有名じゃなかった、という話だ。食べ物の話になって自然に腹が減り、ぼくたちはその話をしたままバスに乗り、鬼の館に戻った。帰りのフェリーの時間まであとわずかだった。
「高松に戻ったらまたうどん食べよう」
 鳳介が言った。
「ええね。うどん県の人間は三食うどんでもOKです」
「明日までにどのくらいうどんが食べられるかな」
 鳳介の食欲は旺盛だ。
 やっぱりぼくは、彼に担がれたんだろうな、と、そのころには薄っすらと思い始めていた。
 なんの病気なのか、余命がどのくらいなのかも聞かずに、もう死ぬかもしれないと言った話を素直に信じた自分を恥じる。でも確かに、鳳介にはそういう、どこか脆い儚いところがあった。肉体の話ではなく、精神の話だ。
 双子とたらふく食べて飲んで、叔母さんちに泊まって、翌日、双子の見送りで高松駅で別れ、また瀬戸大橋を渡った。
 島々に、天から光の筋が何本も差し込んでいるのが見えた。
「薄明光線だ」
 鳳介が目を細めた。それから急に、
「うどんにつきあってくれて、ありがとね」
 と、言った。
「酔狂だったな」
 そう言うと、鳳介は柴っちらしい言い方だな、と笑った。
「バイト代全部、うどんと鬼ヶ島につぎ込んだ」
「まじか。悪かったな」
「いいよ。楽しかったし」
「タカシとマサルはいいやつらだね」
「ぼくのいとこだからね」
「おばさんのご飯もうまかったな」
「後で言っとく」
「なあ」
 ラリーのように続いていた会話が途切れて、的外れな方向に飛んで行ったボールを探すように、ぼくは視線を逸らした。
 あの話は嘘だった、と言って欲しいと思っていた。
「帰ったら入院するんだ」
 しかし、鳳介はそう言った。
 ぼくは、そうか、としか言えない。
「おれなりの鬼退治に行ってみるわ。退治できるかわからんけど」
「お供がいるだろ」
「柴っちとタカシとマサルは最強軍隊だな。でもおれ、もうきびだんご持ってないし」
「いつでも呼べよ」
「うん。ありがとね」
 そう言ったのに鳳介は、それから後はもうぼくたちを呼ぶことはなかった。
 その年の暮、鳳介は鬼に負けた。
 ぼくは、お供の風上にも置けない、役立たずだった。
 以来、夏になるとぼくは、タカシとマサルと、女木島に行く。就職してからもしばらく、集まって行っていた。
 鬼ヶ島では戦わずして勝ったのに、孤軍奮闘して負けた鳳介を、タカシとマサルは悼んだ。あの夏の日、たった二日ばかりしか一緒にいなかった鳳介を、ふたりは懐かしんだ。
 そしてみんなで、もう食えない、というほどうどんを食べる。

 あの日のようにうどんを食べるその日は、ぼくたちにとっての「うどん記念日」だ。

 そうだよな、鳳介。

#白4企画応募


白鉛筆さんの【白4企画】参加作品です。

まずは白鉛筆さん、4周年おめでとうございます!!
これからも白鉛筆さんが紡ぎ出される作品の数々を楽しみにしています✨

白鉛筆さんに贈る『桃太郎』はガチで鬼ヶ島に行く話にしてみました。

きっとすごい作品が集まるから、後出しは辛いかもと早めに投稿してしまおうと早朝に投稿しようと思ったら、なんともうちらほら投稿されている方が!皆さんこの企画の恐ろしさに気づいていらっしゃるんだわ。怖いわ。

※※※

わたくし、讃岐にはちぃとばかしご縁があるのですが「方言交じりの若者言葉」のさじ加減がわからず、こんな感じになりました。若い頃って、標準語で話したり、方言わざと使ったり、適当に混ぜたりしてますよね。なんかね。
讃岐で若者だったかた、台詞が不自然だったら教えてplease。



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