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短篇

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noteの企画に参加した作品をあつめました。 #シロクマ文芸部  さんは毎週お題が出るのがとっても楽しい。 ピリカさんの企画はnoterの憧れ。
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#短篇

昨日の私

 消えた鍵を探している、今まさに。  最近の犯罪は巧妙だという。スマホで鍵を撮影して合鍵を作った同僚が一人暮らしの女性の部屋に侵入した事件のニュースを見たばかりだ。スマホを無くしただけなのにという映画も頭をよぎる。背中がぞわりとして嫌な想像ばかりしてしまう。  確かに酔っていた。酔っていたが一次会の会計時にはあった。  にやにや笑いながらスマホを探した時にバッグの中で指に触れたのだから間違いない。それになにより今自分が部屋にいるのだから、鍵がない理由が全く分からない。スペア

どさくさまぎれ #シロクマ文芸部

 私の日和見な態度に、あの方は業を煮やしているんですわ。でもどうにもならないんですの。あの方のことはお慕い申し上げています、ええ、お父様のように。でも私の心の中にいるのは、いつもいるのは、あなたなんですわ。  そう云ってしな垂れかかる女の、じっとりと湿ったような肉の感触が、薄い浴衣の木綿の隙間から伝わってくる。  女のしたいようにさせたまま、安宿の頼りないような柱に寄り掛かって薄く障子を開け、シャツの胸ポケットから煙草を取り出した。進駐軍から闇に流れたラッキーストライク。つい

朝顔サン

 ずらりと並んだ植木鉢に、如雨露で水をかけた。使いこんだ青いプラスチックの如雨露の腹に油性ペンで大きく書かれた園芸クラブという文字は消えかけている。日に焼けて薄い水色になり、ふちも少し欠けていたが、クラブ活動が始まる4年生から卒業するまで新品は買ってもらえなかった。  生き物係の選出には我も我もと手を上げジャンケンまでしたのに、みんな器用に水やりを回避して遊びに行く。それを尻目に、園芸クラブは怠ることなく毎日水をかけに通った。  どの学年も水やりは気の進まない仕事だ。強い日