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わたしはテディ

 わたしはテディ。
 二十五年前に、この家にやってきた。引っ越しをするたびに家が小さくなっていくが、その分、家族の距離が近づいてきた。今の家は三DKで狭いけど十階なので見晴らしがよく、空気が澄んだ冬場には富士山がよく見える。
 実はわたし、熊のぬいぐるみ。体長二十センチほどで小柄。この家のママが二十五年前に、新宿の三平ストアで見つけて買ってきた。ビニールに入って店先に吊るされていた。ラベルにイギリスのドラマ「ミスタービーンの熊」と書いてあったそうだが、何となく体形が違う。
 わたしがやってきたとき、この家には、ぬいぐるみがすでに二十体ほどいた。ゲームの「なんとかといっしょ」のキャラクターや、村山さんと呼ばれている犬のぬいぐるみなどがいた。ピアノの上がみんなの特等席になっていた。
 幼稚園年長の一人娘のゆりちゃんは、わたしのことをとても気に入ってくれた。なんどもなんども抱きしめて、ノートに色鉛筆でたくさん似顔絵をかいてくれた。その絵は、いつも笑っていた。
 わたしがこの家族と過ごした二十五年の間に、ぬいぐるみの仲間もだいぶ入れ替わった。引っ越しするたびに、仲間が減っていった。マンションの一階に住んでいたころ、北側の部屋にいた子たちは、湿気のせいでカビが生えてしまい、このときにかなりの数の子たちとお別れした。村山さんともお別れした。それからというもの、生きのびたわたしと象のパオと犬の藪十と六体ほどの子たちは、居間のソファの上で大切に扱われている。
 ママは編み物が得意で、わたしに専用のドレスを編んでくれた。さいしょはベージュ。そしてオレンジ。わたしは体が茶色なので、この明るいオレンジ色のドレスがとても似合う。
 わたしが初めてこの家にやってきたときは、裸ん坊だった。ドレスを着せられてからは、なぜか言葉遣いもていねいになった。ゆりちゃんはわたしをぎゅうと抱きしめているときはどんな気分なのだろう。わたしは、気持ちでは育てのママになってゆりちゃんを抱きしめ返している。
 大学を卒業して大人になったゆりちゃんは、デパートでおもちゃの販売をしていた。やがて店長になり、忙しい毎日を送った。彼氏を作る暇もなく働き二十代は瞬く間に過ぎた。
 そのころのパパは定年後の再雇用で帰宅が早くなっていたので、毎晩、ゆりちゃんを駅まで迎えに行った。冬のある日、パパはテレビを見ながらゆりちゃんの帰宅を待っていた。ママのスマホにまだラインが届かない。
「きょうは遅いなあ」とパパ。
 結局、ゆりちゃんは、午後十一時過ぎに駅に着いた。迎えに出かけるパパ。駅の方から軽く手を振りながらゆりちゃんがやってきた。
 パパがゆりちゃんの横を歩くと、
「彼氏ができた」
 ゆりちゃんが目をうるませて小声で言った。
「そうかそうか」パパも目がうるんできた。左手でゆりちゃんの肩をさすった。
 ゆりちゃんは二十九歳になっていた。
 それから二年後。今日は、ゆりちゃんの結婚式だ。
 パパもママもゆりちゃんも朝の五時から起きてあわただしい。
 わたしやパオや藪十はじめ、ぬいぐるみのみんなは結局、ゆりちゃんの家にはついていかないことにした。ゆりちゃんの彼氏がネコ好きで、将来ネコを飼うにちがいないので、ネコにひっかかれたりしたらと思うと心配だったのだ。
 今日の結婚式。わたしも出席したい気持ちはやまやまだった。
 パパとママが「テディは黒留袖で出席かなぁ」と言っていたので少し期待していたが、いざ本番となると……パパもママも常識人でした。
 ママのスマホが鳴った。タクシーが到着したらしい。三人は式場へ出かけた。玄関のドアが閉まった。空気の流れが止まり静けさがやってきた。居間のソファのいつもの定位置に、わたしとパオ、藪十、そしてほかの子たちが並んだ。わたしたちは玄関を向いて座っていた。
 バタン。突然、玄関ドアがあいた。ゆりちゃんがばたばたと戻ってきたかと思うと、わたしを抱き上げた。顔を見合った。涙目のゆりちゃん。
「今日でお別れだね。今までありがとう」ゆりちゃんがわたしの頭をなでながら言った。
「わたしのほうこそ」わたしの顔は笑っていなかったが、心の顔はかつての似顔絵のように笑っていた。
 わたしは育てのママを卒業した。     了


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