【いちごる読書note】司馬遼太郎『世に棲む日々』から受け取ったもの
幕末期の動乱の中に生きた吉田松陰と高杉晋作を題材にした『世に棲む日日』が、 実質的に僕が初めて読んだ司馬遼太郎さんの作品となった。(ずっと以前に、『燃えよ剣』にチャレンジしたが、その当時は活字を読む体力がなく、断念した)
司馬遼太郎さんの作品は「司馬史観」と言われたり「史実ではなく、創作が多い」と、批判めいた評価もあったりするが、少なからぬ大切なことを僕はこの本から受け取ったと思う。
それが作者が読者に投げかけたことなのかどうかはさておき、いつか人生を振り返った時に「あぁ、そうだ。これは司馬さんの本から学んだことだったんだ。」となるであろうことをここに残す。
1.波に「乗る」こと/波を「起こす」こと/波を「読む」こと
僕がこの本から受け取ったものの1つは、企業家精神に関連した「波に乗ること」と「波を起こすこと」という従前の僕のものの見方に加えて、「波を『読む』」という観点である。
まず「波に乗る」「波を起こす」の観点について。
僕自身の「企業家精神とは?(イノベーションとは何か?)」という探究の中で、いつからかその一つの切り口として、「波に『乗る』ことと波を『起こす』こととの違い」について意識するようになった。
この切り口でとらえる以前は、漠然と独立自営している人/起業した人は、企業家精神がある人(イノベーションを起こしうる人)だと思っていた。
だけどよくよく観察したり、話を聞いているとそうではないらしいと思うようになった。(*1)
自営している人でも、その事業の内容が「今までいた組織が社会に提供していたことを、個人として(もしくは自分が会社を興して)クライアントに提供する」場合、社会に対して提供している本質的なサービスは変わっていないことが多い。これはどういうことかというと、今まで通り社会の要求するものに応えているだけで、これは押し寄せる波の上に乗ろうとする活動のように思われる。
一方で、僕がイメージしている企業家精神は、その信念に基づいて「自ら波を起こす」タイプの人なのだと思っている。
その信念(Visionでも世に広めたい何かでもよい)とは、決して空想の産物なのではなく、「社会を観察した結果として、世の中の多くの人がまだ気づいていないけれど、取り組む価値がありそうだ」というもので、だからこそそれが今すぐには社会に受け入れられなくとも、世に広めていこうと悪戦苦闘するのだと思う。これは、波に乗ろうとしているのではなく、波を起こそうとする活動であると考えている。
僕自身は、もちろん後者の観点を大切にしているが、『世に棲む日日』の中でふと気づかされたことがある。それが「波を読むこと」の大切さである。
*1 この点、クレイトン・クリステンセン氏はその著書『イノベーションのDNA』の中で、以下の通り指摘している。
2.『世に棲む日日』の中で、「波を読む」を実感したとところ
さて、この「波を読む」に関して、『世に棲む日日』の中で、それが鮮明に描かれていたのは以下のくだりである。
(尊王攘夷を進めていた高杉晋作が、英国公使館焼き討ちなど一時期は時流をつくりつつあったが、やがて保守派の前に劣勢に立たされることになった時)
と冷静に判断をしている。
一方で、この後本書の中で高杉の言うところの「大偵察」によって、幕府や朝廷、藩の上層部の価値観・考え方だけでなく、広く庶民階級も含めたそれを探索することで得た心証をもとに起こした大胆な行動が、第2次長州征伐において長州側を勝利に導いたと思われる。
これは、イノベーターが普通の人が読めない波を読んだ上で、起こしたい波を実現した事例(あくまで歴史小説の中であるが・・・)であるといえる。
以上の内容は、当たり前のことのように思われるし、気づいてみると自分でも「あぁ、考えてみればそれもそうだよな(なんで今まで気づかなかったんだろう)」という点ではあるのだが、「波に乗る/波を起こす」という切り口にとらわれてしまっていた僕にとっては、新鮮で重要な観点であった。
というのも、今生じている波を無視して、その波に抗うように自分の波を頑張って起こそうとしても、おそらく徒労に終わることとなるからだ。だとしたら、タイミングを見計らい、ここぞというときに一気に新しい波を起こせるように、「準備しながら待つ」ことも大切だろう。
ちなみに、波を「読む」ことは、波に「乗る」うえでも、波を「起こす」うえでも同様に大切になってくるが、その視点は似て非なるものと思われる。
波に乗ろうとする場合の波の読み方は社会の表層的な流行り廃り、すなわちトレンドに目を向けることとなるが、波を起こそうとする場合には、トレンドも見つつ、より大きな視野で社会の深層にある価値観の変化などを読み取ろうとする視点になると思われる。
これらを踏まえて、時流を丹念に追い、本当の意味で「機は熟した!」となった時に仕掛けられる準備ができればと思うが、果たして。
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