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日本における夫婦別姓制度の導入は、ジェンダー平等と個人のアイデンティティ尊重の観点から不可欠である。


序論

日本社会は長らく伝統的な家族観やジェンダー役割に基づく制度を維持してきたが、現代における多様性と個人の尊重の必要性から、夫婦別姓制度の導入が強く求められている。本稿では、シモーヌ・ド・ボーヴォワールのフェミニズム理論とジャック・デリダの脱構築の視点を用いて、この問題を考察する。また、フランスと日本の女性参政権・公民権の歴史的背景を比較し、姓制度への影響を分析する。さらに、現行制度の課題を具体的に示し、日本の将来に向けた提言を行う。

日本とフランスの歴史的背景

女性参政権と公民権の獲得過程

フランスでは、1789年のフランス革命により「人権宣言」が公布され、自由・平等・博愛の理念が掲げられた。しかし、女性の権利は依然として制限されており、女性参政権が実現したのは第二次世界大戦末期の1944年である。女性の公民権の獲得は、社会的・政治的平等の実現に大きく寄与し、その後の法制度改革にも影響を与えた。

一方、日本では、明治維新以降の近代化の中で、1890年に「明治民法」が制定されたが、家父長制を強化する内容であった。女性参政権は1945年の日本国憲法制定に伴い認められたが、それまでの道のりは長く、女性の社会的地位向上には多くの課題があった。

姓制度への影響

フランスでは、女性の公民権獲得後、個人の権利が法的に保障され、結婚後も自分の姓を保持することが一般的となった。フランス民法では、結婚によって姓を変更する義務はなく、夫婦がそれぞれの姓を名乗ることが認められている。

日本では、女性参政権が認められたものの、姓制度においては明治民法以来の夫婦同姓制度が維持されている。民法第750条では「夫婦は、婚姻の際に定めるところにより、夫または妻の氏を称する」と規定されているが、実際には96%以上の夫婦が夫の姓を選択している(法務省統計、2020年)。この結果、女性が結婚によって姓を変更するケースが圧倒的に多く、個人のアイデンティティや職業上の不便を引き起こしている。

ボーヴォワールの理論とサルトルとの関係

シモーヌ・ド・ボーヴォワールは『第二の性』において、「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」と述べ、ジェンダーが社会的・文化的に構築されるものであると主張した。彼女とジャン=ポール・サルトルは存在主義哲学の中心人物であり、個人の自由と主体性を重視した。彼らの関係は、哲学的なパートナーシップとして互いに影響を与え合い、社会の既成概念やジェンダー役割に対する批判的視点を深化させた。

デリダの脱構築とジェンダーの再評価

ジャック・デリダの脱構築は、言語やテキストに内在する二項対立や階層構造を解体し、その不安定性を明らかにする手法である。この視点をジェンダーの問題に適用すると、「男性/女性」「夫/妻」といった固定化された二項対立が持つ権力構造や抑圧を解体し、新たな理解や可能性を見出すことができる。

夫婦別姓制度の必要性

現行制度の問題点

  1. 女性のキャリアへの影響:結婚に伴う姓の変更により、職場での認知度や専門性の継続に支障が出る場合がある。研究者や芸能人など、名前がブランドとなる職業では特に深刻である。

  2. 個人のアイデンティティの喪失:姓の変更は自己同一性に影響を及ぼし、心理的ストレスを引き起こす可能性がある。

  3. 行政手続きの煩雑さ:姓の変更に伴う銀行口座、免許証、パスポートなど各種手続きが多く、時間的・経済的な負担が大きい。

  4. 国際的な不便:海外では夫婦別姓が一般的であり、日本の制度は国際結婚や海外での活動において不便を生じさせる。

ジェンダー平等の観点から

ボーヴォワールの理論によれば、ジェンダーは社会的に構築されたものであり、現行の夫婦同姓制度は伝統的なジェンダー役割を強化している。デリダの脱構築を用いて分析すると、姓の変更が女性に対する社会的圧力や不平等を象徴していることが浮き彫りになる。

具体的なデータ

世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数2021」において、日本は156カ国中120位と低迷している。この要因の一つに、法律・制度上のジェンダー不平等が挙げられる。夫婦別姓制度の導入は、ジェンダー平等を推進する具体的な施策となり得る。

日本とフランスの比較

女性参政権と姓制度の連動性

フランスでは、女性参政権の獲得と共に、女性の権利が法制度に反映され、夫婦がそれぞれの姓を名乗ることが一般化した。これは、個人のアイデンティティとジェンダー平等を尊重する社会的価値観の表れである。

日本では、女性参政権は認められたものの、姓制度においては依然として家父長制的な慣習が残っている。これは、法制度が社会の変化に追随していないことを示している。

文化的・社会的要因

フランスでは、個人主義が社会の基盤となっており、家族よりも個人の権利が優先される傾向がある。一方、日本では、家族や集団の調和が重視され、個人の権利が後回しにされることが多い。この文化的背景が、姓制度にも反映されている。

日本の将来に向けて

法的・社会的影響の分析

夫婦別姓制度の導入により、以下の効果が期待される:

  1. ジェンダー平等の推進:法律上の不平等が是正され、女性の社会進出や活躍が促進される。

  2. 多様な家族形態の尊重:選択的夫婦別姓制度を導入することで、個々の価値観やライフスタイルに応じた家族のあり方を尊重できる。

  3. 国際的適合性の向上:グローバル社会において、日本の制度が国際基準に近づき、国際結婚や海外での活動が円滑になる。

子どもの姓に関する課題と対策

子どもの姓の扱いについては、両親の協議により決定する方法や、両姓併記、複合姓の導入などが考えられる。他国の事例を参考に、柔軟な制度設計が可能である。

結論

シモーヌ・ド・ボーヴォワールのフェミニズム理論とジャック・デリダの脱構築の視点から、日本の夫婦同姓制度はジェンダー平等や個人のアイデンティティ尊重の観点で再評価されるべきである。フランスの歴史的背景や制度改革を参考に、女性参政権・公民権の獲得が姓制度の変革につながった事例を踏まえ、日本でも夫婦別姓制度の導入を進めることで、より公平で多様性を尊重する社会への進化が期待される。

参考文献

  • ボーヴォワール, シモーヌ・ド. 『第二の性』, 岩波書店, 1997年.

  • サルトル, ジャン=ポール. 『存在と無』, 人文書院, 1969年.

  • デリダ, ジャック. 『グラマトロジーについて』, 法政大学出版局, 1972年.

  • 上野, 千鶴子. 『家父長制と資本制』, 岩波書店, 1990年.

  • 中村, 玲子. 『夫婦別姓と日本の家族』, 有斐閣, 2005年.

  • 法務省. 「民法(明治29年法律第89号)」

  • 法務省. 「婚姻に伴う氏の変更に関する統計」, 2020年.

  • 世界経済フォーラム. 「ジェンダー・ギャップ指数2021」

  • フランス共和国法務省. 「フランス民法典」

  • 井上, 輝子. 『ジェンダーの社会学』, 放送大学教育振興会, 2003年.

  • 鈴木, 祐子. 『夫婦別姓とジェンダー平等』, 明石書店, 2015年.