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わたしの孤独の8割は真夜中の成分でできている

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2019年、詩作品
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【散文詩】 裏庭が思い出せない

色とりどりの気球を作っては空に飛ばす人が、みんなに虹を見せたがっている。夜道で見つけた花が美味しそうに咲いていたなんて言えないその人は、いつもの散歩道で、ほら、きれいでしょって、あの子の手を握りながら言いたかった。みんながみんな、誰かのためにと思って行動して、痛いくらいに悲しくなったら、木の葉の後ろに隠れて一人泣いている自分がいる。 めんどくさいって言われるんだろうな。お前なんか嫌いだと言われれば、そんなことはわかってるって言うくせに、お前のことが好きだと言われれば、本

雪 【散文詩】

雪景色を叩いてみると、どこかで心臓発作の音がする。本を開くたびに人間のふりをしているわたしがいて、階段を駆け上がるたびに急いでいることに気がつくわたしがいます。喉が乾いている人に、早くうるおって!と応援するのが出世の近道。美味しい栄養に満たされて、たくさん眠って、笑って、大人になったら嫌なことは全部忘れましょう。 冬になったことだし、たくさんふるえたい。だって冬だから。あたたかい部屋でアイスクリームを食べて、飽きたらイルミネーションを見に行って、もしも殺されるなら、恐い

一人暮ら詩

人は嘘をつく生き物だけれど、ぼくにはそれが許せない。ぼくの部屋にはぼくしかいなくて、ぼくがいないあのアパートの部屋は暗いままなのに、夜になると街は、ビルは、マンションや家は勝手に明るくなる。帰り道にすれ違う家である日、一筋の光が流れるのを見たとき、そうか、みんなの家には星が溢れてるんだと思ったし、星があるということは、月もあるということ。冬に燃える家を見て、ああ夏だなぁって思わないように、明るい窓を見て、家庭的で楽しそうで、こんな家と結婚したいなんて思わない。月の裏側みたいな

気象予報士の詩

きみと歩いているぼくは、きみの恋人として街を歩けるのに、きみとさよならをした瞬間、たくさんいる通行人の中の名前も知らない一人として、お腹を空かせながら街を歩いているぼくがいる。夜を疑って朝を探し求めたところで、時間が答えを見つけ出す。 出来るだけたくさんの嘘できみを愛したい。すべての人から憎まれるか、すべての人から愛されるか、そのどちらかになれるような気がするから。 「なんかさ、布団に落ちる光って幸せそうでいいよなぁ。あ、そ、それでは、今日の天気予報をお伝えいたします。

夏狂十三歌  【短歌連作】

夏の雪100年前のことだった君と僕だけが眠れぬ夜だった 泣いていた胸にナイフを食い込ませ死んだ海風見えないままで ぽたぽたと光をこぼすカーテンをぱたぱたとうちわで扇ぐ午後 ラムネ瓶 浴衣 向日葵 かき氷 夏の部品に我もなりたし 指先でゆっくりプールを傾けて零れた場所に咲く花青い星 口移し星を与える方法はこれしかないと知る恋人たち 新品の星にまたがり真夜中を横切りたいねハイスピードで ひまわりの背中に掴まりわたしたちここで思い出を保存したい 煙突

地平の詩

昔からある建物の話をしたい、昔からある音楽の話を話したい、昔からある物語の話をしたい、歴史を信じてる人が、現代に理由を探して街に舞う。今この瞬間にも渋谷では過去から来た人が服屋さんで服を買って、未来から来た人が新宿から電車に乗り込んでいる。けっきょく現在のどこにもきみは居なくて、わたしの頬にはさよならの指先が触れている。

3号の詩

ときどき死にたいなと思うたびに、また生まれなきゃとも思う。そうやって、わたしの体は何千回と死ぬたびに、何千回も生まれてきた。お腹がいっぱいになっても、次の日にはまた食料を追い求めるわたしが街を歩いているけれど、こんな生活を何年も続けてきたって、これが正しいと思ってる自分がいる。生まれてはじめて猫にふれて頭をなでたとき、わたしは犬じゃないんだとわかった。その瞬間にわたしは、誰ともちがう生き物になれるんだってとても嬉しかった。

沈みゆく  【散文詩】

一瞬は永遠のためにある。 だからこそ、うつくしい思い出ほど記憶に残るし、つらい経験ほど忘れることができない。よろこびの涙には限界があるから、きみはずっとかなしんで、ずっと涙を流し続けてこそ、永遠になることができる。瞳から落ちたうろこが、魚に変わって海を泳いでいくことも子供の時からわかってる。いつの日かきみを呼ぶ声が水面にひびいて、あかるい光が胸に降り続いていくことも。 静止する景色ほど、雨がきれいに写るものはない。風に照らされる季節は呼吸をしながらゆっくりと移り変わっていき、

立秋  【散文詩】

夏が終わりを迎えようとして、だんだんと涼しくなってきた夜は、クーラーの冷房が効きすぎてしまうせいで、冷蔵庫が見る夢と同じような夢を見るから、もしかしたら私、冷蔵庫だったのかもしれないと通勤電車の中で思います。違うんです、私にも昔はコンセントがちゃんとおへそから伸びて繋がっていたのに、お母さんのお腹から出たときに抜かれてしまったんです。だから今でも体温調節ができなくて服を着たり脱いだり、熱がでて、風邪と言われる症状が出たりします。100年後、医学が進歩して、またおへそからコンセ

白 【散文詩】

私たちの身体はいつも、未来と過去のあいだに縫いつけられているせいか、たまに浮かんでいるような感覚。歩いているのかどうかもわからないし、きみと手を繋いでいることさえ、味のなくなったガムみたいにすべてが果てていき、私の瞳からは昼夜を問わず思い出が零れては蒸発していく。 真っ白な色が好き。だって天国みたいだから。物なんて一つもない世界が美しいというのなら、花も空も、音楽だって、本当はいらなかった。それでもきっと、死んだら退屈な時間がずっと続くから、せめて生きている時くらい好き

線路の詩

この電車は未来線明日行き。車両の床は全面に草が生い茂っていて、すべての季節の花が所々に咲いているせいか、どこに視線を移しても瞳の中には必ず花が咲いていた。こんなに美しい電車なのに乗客は極端に少なく、つり革は退屈そうに揺れている。生きているのか死んでいるのかわからないが、わたしの中の記憶は地面にぶつかる間際で止まっている。 ふと窓の外を見れば、わたしが住んでいた街、ビルも家も行きつけの喫茶店も、全てが光で覆われていた。

水面 【散文詩】

クジラの鳴き声がよく聞こえる日は曇りの天気であることが多い、それはきっと海から遠ざけようとしているのに、宿題か残業でもない限り、人は海にやってくる。嵐。絶滅した動物がまだ健康だったとき、美味しい食べ物を探して、美しい花を見つけて、生まれては死んでを繰り返していたことが、まるで人間みたいだと思った。 生きている人が死にたくないと願うように、死んでしまった人が生き返りたいと願わないように、暗い場所が好きな朝も、明るい夜にはなれず、眩しさに憧れる影も、光には届かない。寝癖のつ

望遠鏡の詩

星は真夜中に滑走路から空に打ちがる、 それは飛行機やロケットと同じこと。 管制塔から見える風景は、 宇宙みたいな、地球みたいな、 蛍光灯みたいな、夜食みたいな景色で、 わたしが生きていることを認めているみたいだった。 わたしから一番遠い感情が未来から振り返る、 死後の色、光のような感触、 空が野原に変わって、降り注いだ海が地面になる、 落下を続ける体がいつまでも、海底を目指し続けている。

月嵐  【散文詩】

私たちは簡単に、きみに対して泣くなとか、死ぬなとか生きろとか言えてしまうのに、どうしてもっと簡単に、泣き叫べとか、死んでしまえとか言わないのか不思議に思う。私たちはもっと単純に死んで、その度に生き返って、今日という日を瞳のついた太陽みたいに簡単に生きれたらいいのに。何度目かの朝、歳を重ねすぎてしまったせいか、生き返った、という感覚が年々薄らいでいっているようで、さみしさの形をした光が今、私の鼓膜を揺らしている。 希望が背骨の裏に隠れてしまったからだろうな、明け方の死因の