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キッチンと月夜

真夜中、家族が寝静まり返った頃。君と私は、遠くの月を違う場所から眺めていた。私はキッチンの窓から。君は忍び込んだ学校のジャングルジムのてっぺんから、同じ月を見上げていた。無言のままなのは、月を見あげている証だった。
すると君はぽつり、と小さな声でこう言った。
「ムーンリバーって曲、好きなんだ。」私は聞き返した。
「オードリーヘップバーンが歌っていた曲?」
「そうさ。」とまた小さな声で君は言った。
それからというと、私たちはお互いムーンリバーの曲を着信音にした。君から電話がかかってくると、月夜の湖でふたり、裸で水と戯れているような気持ちになる。静かな体温を、やさしい鼓動を、会ったこともないのに、勝手に感じたりしていた私だった。携帯電話というより、糸電話で話しているみたいだった。耳を紙コップに押し当てて、君の声に耳を澄ます。そしてそっと吐息を漏らすように、くちびるを近づけて静かに話しかける感覚。
いつの日にか、電話に出てくれなくなった君。
ムーンリバーの曲の歌詞を調べてみる。
二人の漂流者。世界へ旅立つのだ。見るべき世界がたくさんあるから。私たちは、同じ虹の終わりを目指している。曲がり角で待ってる。君の伝えたかったことが、詰まっている曲だと思った。

君は、どこかで、生きている。
曲がり角で待ってる気がする。
同じ虹の上を歩いている。
きっと。きっと。

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