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「活版ブーム」と、これからの活版―活版印刷ユニット「まんまる〇」に聞く③

若林亜美さんと竹村渉さん夫婦によるデザインと活版印刷のユニット「まんまる〇」。第1回では活版印刷業界のブームと衰退の中で生まれたまんまる〇の成り立ちを、第2回では実際の印刷工程や「生業としての印刷」にスポットを当ててきた。
今回は改めて「活版印刷」とはなんなのか、それを踏まえたまんまる〇の現在とこれからの展望について伝えたい。


「活版ブーム」の功罪と「本来の活版」

約20年前、活版印刷業界は急速に縮小しつつあった。大日本印刷が活版印刷事業から撤退したのが2006年。その同年に、活版印刷を後世に伝えなければという思いから、有志とワークショップ「活版工房」を立ち上げたのが印刷会社「弘陽」代表の三木弘志さんだ。

三木さんには現在に至るまでの「活版ブーム」を作ってきた一人であるという自負がある。しかし「ブームの勢いが早すぎた。もっとじっくり育てていきたかったけれど、勢いがつきすぎて、クオリティを問わず『活版ならなんでもいい』という時代になってしまった」と苦い思いも抱えている。
最近では自ら活版印刷機を手に入れてプライベートに印刷を行う人も増えてきているが、「一番の問題は『なんでも組める』ような組版技術を持つ人がいないこと。ただ印刷機を持っていて、見様見真似でやっているようなのは、私から見れば組版とは言えない。だから私は若い人に技術を教えている」(三木さん)

一般的に、活版印刷の特徴は「保存に適していること」とされる。今のインクは将来、読める形で残っているかわからないが、活版印刷のインクで刷られたものは数百年前のものが今も読める。つまり、それだけ保存に耐えうることが証明されている。だからかつて、公文書など大事な書類は活版で印刷されるものだったそうだ。
三木さんはそれに加えて「活版の一番の特徴は、活字で刷った文字の美しさ。優しさ、力強さ」と話す。
「でも、活版にはそれだけでない『何か』がある。それがなんなのか、私にはわからないんだけど、活字で刷った文字に魅力を感じていろんな人がうちにやってくる」

弘陽には、映像やテレビCM、ポスターなどに使う文字を活版で刷ってほしいという人からの依頼が絶えない。「文字の魅せ方」にこだわりのある人たちが、電話とファックスだけで仕事を受けている三木さんの元を訪れる。
「宣伝はしていないんだけど、口コミが広がって、みんな紹介でうちに来る」(三木さん)
三木さんはそれらに丁寧に対応しながら、活版印刷の間口を広げている。今後の活版業界のためにも用途開拓をしていかなくては、という三木さんの使命感は強い。
「活版印刷業界はもうずっと沈み続けている。印刷だけじゃやっていけない」

「凹みも掠れも、美しい活字組版も魅力」

現代において活版印刷を語るとき、必ずといっていいほど「魅力」として挙げられるのが「印字面のへこみ」や「インキの掠れ」「ムラ」といったもの。しかしこれらは従来、活版印刷では「失敗」とされてきたものだ。本来は文字の欠けや掠れなく、綺麗にフラットに刷り上げるのが活版における「美しさ」だったはず。それなのに「失敗」こそが殊更に「味」「良さ」として語られ、「レトロで可愛い」ともてはやされるような風潮を、あまりよく思わない人もいる。

さらに、現在「活版印刷」を売りに販売されている商品(紙小物など)のうち、厳密には「活版」ではない「凸版」で印刷されているものも多い。デジタルデータから製版したアルミ版や樹脂版で印刷した「凸版」印刷物は、ぱっと見では活版と大差ないようにも見えるが、活字を組み上げて印刷する「活版」とは区別されるはずのものだ。それがときには意図的に混同され、いっしょくたにして販売されている現実がある。

まんまる〇の若林さんは、どう考えているのか。
「私は凹みも掠れも、活字組版で美しく印刷するのも活版印刷の『いいところ』だと思っています。その『いいところ』を、仕事によって変えるという感覚。
例えば私たちのオリジナルグッズを作るとき、百貨店などの企画で販売するものだったら活版をよく知らない人も見るから、凹みを強調した方がわかりやすい。一方で、活版印刷がテーマのイベントでは活字の魅力を前面に出したものを作ったりと、状況によって使い分けています」
まんまる〇で受ける印刷の仕事も、依頼者の希望に合わせて活版/それ以外の凸版を使い分けている。そもそも活字組版には制約が多く、必要な文字が活字として存在しないこともある。仕様上どうしても活版では対応できないようなデザインも多いのだ。

活字と罫線だけで制作したクリスマスカード
活版印刷の「罫線」は長い帯状の金属版。必要な長さに都度切断して使用する。
これは罫線を切る道具。この道具も罫線自体も、もう製造されておらず、今あるものを使うしかない

「最近の風潮を懸念する声があるのもわかるんですよ。『活字を組み合わせて文章を作る』という技術が活版印刷の発明なのに、そうじゃないところが独り歩きしてるとは思う。
でも活字での印刷はデザインに制約が生じてしまったり、文字の大きさに融通が利かなかったりするので、こちらからお客さんに『使ってください』と押し付けることはできない。だから依頼を受けたものについては、お客さんの要望や予算、デザインに合わせて、最適なものを提案しています。
その一方で、私たち自身の制作物については、なるべく活字組版を使いたい。やっぱり、使わないと忘れられていってしまう技術だと思うので」

一方で若林さんは、現在の活版印刷が打ち出す魅力が「凹み」に特化しすぎていると危惧してもいる。
「『凹み』だけが活版の魅力として認知されれば、他の凹ませる印刷技術が出てきたとき、取って代わられてしまいかねない。だから凹みやすい紙ばかりでなく、いろいろな紙と活版印刷の組み合わせで多彩な表情を見せられるような紙雑貨の制作もしています。活版印刷にはそれだけではない魅力がある、ということを伝えたい」

若林さんがデザインし竹村さんが印刷した「まんまる〇」オリジナルポストカード。
可愛らしいクマのシリーズは、共通のクマの版の上に様々なパーツを重ねて刷ることで、多彩なバリエーションを生んでいる。ちなみにクマなのは、竹村さんがクマが好きだから

活版印刷のこれから

市場規模が縮小し続けている活版印刷業界において、「斜陽産業だと最初からわかっているけど、好きで始めた」からこその前向きな姿勢で工房を運営するまんまる〇(第1回参照)。活版印刷はこれからどうなっていくと考えているのかを聞いてみた。

「大量印刷・大量消費の時代ではないし、産業としての印刷はどんどん厳しくなっているけど、同時に大量生産品ではない特別な印刷物を『モノとして手元に欲しい』という需要は高まっていると思います。そうなるとたとえば本なども、記念品になるようなモノが求められていくんじゃないか。
紙や紙の本が『なくなることはないだろう』とはずっと思っているけど、コロナ禍を経て、その感覚はより強まってきました。みんなの意識が少し変わってきたというか……。若い世代にレコードが流行ったりしているのもその一つだと思いますが、サブスクや電子化で手軽にコンテンツに触れられる一方で、自分の手元に置いておけるモノに対する愛着が高まっている。
私たちも、手元にあるとうれしい、自分の生活の中に置いておきたくなるようなものを作りたい」(若林さん)

日本の活字組版と、海外通販で購入したという木版活字を組み合わせて刷っていただいたポスター。
今、これを書いている机の前に飾っている

また若林さんは、コロナ禍を経て非対面のコミュニケーションが浸透し、実店舗を持たずに事業を展開するビジネスなどが増えたことで、活版印刷に新たな需要が生まれているとも感じている。
通販事業では送り手と受け手の間に距離があるからこそ、ショップカードやパッケージへのこだわりが信頼感やブランドイメージに結びつきやすい。
パッケージなどでよく見る凝った印刷加工といえば、例えば箔押し加工があるが、箔押しは高級感が出るのに対し、活版印刷には柔らかさがある。こだわりも感じさせる一方で、親しみやすいイメージを演出できる。
「スマホ社会でみんな手触りのないものに慣れている世の中だから、手触りのある活版印刷は今の時代に合ってるんだと思います」(若林さん)

またサステナブルという観点でも、活版印刷には利点がある。なにしろメインで使用するのは手動の印刷機なので、電気を使わずに印刷ができる。
オフセット印刷では仕様上大量に発生する「ヤレ」(刷り損じた紙)が、活版印刷ではほとんど出ないため、資源の無駄も抑えられる。
ただ、そもそも大量生産の紙は薬剤を多く使うため、環境のことを本気で考えるのであれば究極「手漉き和紙を使うのがいい」という選択肢になってくるという。まんまる〇ではそうした考えから、越前和紙の会社を見学に行ったこともある(ただし現状は和紙業界はインバウンド需要で忙しく、供給面で難しいそう)。
「亜鉛凸版も、亜鉛の環境負荷を考えると本当はあまり良くない。そのあたりも今後は考えていく必要があると思います」(若林さん)

「まんまる〇」のこれから

若林さんは「私は30代頭くらいの頃、歴史的な活版印刷を伝えていく人になったほうがいいのか、あるいは革新的な『活版印刷にもこういう使い方がある』ということを発信する人になるのか……『どちらかにならなきゃいけない』と思っていた時期がありました。でも私は選べなかった」と語る。
「組版ってどうしても目立たないし、積極的に求められているものではないと思うけれど、私は組版も好きだから、どうしても捨てきれない。一方で掠れや凹みも好きだから、そういう表現も追及したい。
『どちらかに決めてしまった方が絶対楽だ』と思うときもあるんですけど」

若林さんにこれからの展望を聞いてみると、「もっと大きい工房で、ゆったりモノづくりできるようにしたい。今の工房だと印刷しかできないけど、今後は製本などもできるような工房にしたい」と話してくれた。
「初めて自分で同人誌を作るような方が来てくれて、表紙以外の部分をどうしたらいいか相談を受けることがあるんです。そういうときは他の印刷所さんを紹介したりするんですが、せっかく活版を選んでくれたのに、うちでは表紙しか刷れないのが申し訳なくて……。うちで製本まで引き受けられた方が、本づくりの敷居は下がるんじゃないかと思って」
もともと「本が好き」であったという若林さん。「今の時代、わざわざ紙の本を買う人はモノとして手元に置きたくて買うんだと思うし、そうやって残っていくものを作るのは、やっぱりいいなと思っています」

寡黙な竹村さんに代わりいろいろと話してくれた若林さんだが、最後に「竹村の夢も聞いてください!」という。
「夢って?」と竹村さんに聞いてみると、「活版印刷機を作りたい」という言葉が返ってきた。
「私、これ聞いてびっくりしちゃって。この人、本当に機械が好きなんだなって」(若林さん)

自分たちの好きなものを大切に、仕事にしてきたまんまる〇の二人。やりたいこともやれることも、まだまだたくさんあるようだ。


(この記事は宣伝会議「編集・ライター養成講座」第47期卒業制作を大幅改稿したものです)

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