波に酔う
文学をこねくり回してた時代のがよかったな. 女の主体性を論じれば空でも飛べる気がしてた. あなたが読む本の擦り切れたページには. 母を恋ふという文字を丹念に撫でた跡. 海に行きたいとわたしがあなたに言ったとき. わたしは死んでしまうあなたを想った. 波に. 呑み込まれて. 孤独に. 押し潰されて. 眠れない夜に流し込む液体は. あなたから愛を奪った. わたしから安らぎを奪った. 葉っぱを吸う女の子たちの映画を観ながら. わたしたちは泣き合い慰めあった. あなたは失格です. そうしっかり言ってあげればよかったな. そうしたら傷つくことなんてなかったかな. どんなに愛しあってもわたしたちはおなじになれなくて. 同じ川に飛び込むことさえあきらめた. ひとりで飛び込んだらわたし主体性を取り戻せたのだろうか. 男から逃れるように身を投げたあの女のこみたいに. 埃の匂いのする狭い書庫で. わたしはあなたの頭のなかをのぞいてみたいと思った. わたしたちはいかにして愛を語り合うか. あなたの奏でたノクターンの余韻がわたしの生を慰めつづけている. もうやめて. なんて言えなくて. あなたの記憶が遠のいていく. いまはもはや思い出すことのできないあなたのやわらかい唄声. あなたは一度だって依存を手放そうとしなかった. 冷凍庫に眠る重たい瓶の. 水平に保たれた波の安らぎ. あなたは一度だってわたしを愛そうとしなかった. それがわたしをもっとも安心させた. あなたの存在がまた. わたしを海の深くまでおとしめてゆく.
いいなと思ったら応援しよう!
←これ実は、猫じゃなくて、狼なんです。