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恋バナと共に歩むリハビリの日々
術後のリハビリは、思いのほか楽しい時間だった。同世代の先生だったこともあり、「運動しに行く」というより「気分転換しに行く」感覚。プロの方に見てもらえる安心感もあり、体を動かすことへの不安はほとんどなかった。
メインメニューは歩行訓練とエアロバイク。どちらも地味な動作の繰り返しだけれど、そこに華を添えてくれたのが、担当の先生による恋愛話だった。
「話しながらできる程度の運動がちょうどいいんですよ」
なるほど、確かに激しく息が上がるほどの運動は今の私には負担が大きい。つまり、ほどよい負荷で楽しみながら体を動かせるように、自然と会話を交えたプログラムになっているのだろう。
……とはいえ、まさか話題が恋愛トークとは思わなかった。
「で、それで!?その後どうなったんですか!?」
思わずエアロバイクを漕ぐペースが上がる私。気づけば、術後の体力回復よりも、リハビリ室で繰り広げられるストーリーの続きが気になって仕方がない。病棟では病気や検査の話が中心になる中、恋バナはまるで別世界のようにキラキラとした存在だった。
もちろん、私はすでに結婚しているので、恋愛相談をしていたわけではない。むしろ、先生の恋愛話をひたすら聞く側。 ちょっとしたドラマを楽しむような感覚で、リハビリ中もつい前のめりになってしまう。
「先生、それは攻めたほうがいいですよ!」
「えっ、その返事は脈アリじゃないですか!?」
患者としての役割を超え、完全に恋バナの相槌要員と化していた。
そしてここで一つ、私の中で解決しない疑問があった。
「で、この先生は理学療法士さんなの?作業療法士さんなの?」
実はリハビリ初日に、理学療法士さん(PT)と作業療法士さん(OT)の違いについて、とても丁寧な説明を受けた。確か、PTは「歩く・立つ」などの基本的な運動機能を回復させる人で、OTは「手を使う作業」や「日常生活動作」をサポートする人……だったはず。
うん、分かった気がする。納得した、はずだった。
でも、いざリハビリが始まってみると、結局どっちがどっちだったのか、さっぱり覚えていない。
いや、理論では理解してるんだけど、目の前の先生がどちらに該当するのかは全く分からない。
「えっと、私の担当の方は……?」と考えてみるものの、恋愛話に夢中になっていたせいで記憶が完全に上書きされてしまっていた。
「理学療法士さんって、歩行訓練の人だよね? でも、この先生、めっちゃ手も使ってるしな……」
「作業療法士さんは、日常生活の動作をサポートする人……。じゃあ、恋愛相談(という名のエンタメ提供)をしてくれてるこの先生は、ある意味OTの範疇なのでは……!?」
もはや哲学。
そのうち「どっちでもいいや!」と開き直り、ひたすらリハビリと恋バナに励むことにした。
「リハビリには、適度な運動と、良質なエンタメが必要である。」
エアロバイクのペダルを漕ぎながら、そんなことを真剣に考えていた。
リハビリは順調、だけど筋肉は行方不明
リハビリの先生にも「順調ですね!」と言われていたし、自分でも「おっ、歩けるじゃん!」と手応えを感じていた。
しかし、一歩病棟に戻ると、現実が突きつけられる。
めちゃくちゃ寒い。いや、寒すぎる。
外は猛暑日続きで、「暑い暑い」と騒がれているのに、私は病棟でガタガタ震え、バスタオルを羽織り、白湯を飲み、ひたすら温めている。
そこで気づいた。
「もしかして、筋肉って……なくなると体温を生み出せない!?」
確かに、術前よりも動いている自覚はある。リハビリ室では「気合い」でエアロバイクを漕いでいるし、歩行訓練も頑張っている。
でも、そこで大きな勘違いをしていた。
リハビリはあくまで「リハビリ」。
体力を爆発的に向上させるトレーニングではなく、日常生活を送るための最低限の機能を回復させるもの。
つまり、気合いで歩いてはいるけれど、そもそも筋力が手術前よりも低下しているのは変わらない。 いわば、「戦える状態」ではなく「歩ける状態」になっただけ。
「なるほど、だから高齢の方って『寒い寒い』って言うんだ……!」
と、他人事のように納得しかけたが、いや待て、私はまだ高齢者の領域に足を踏み入れるには早すぎるのでは!?
このままでは、リハビリで歩けるようになったはずなのに、病棟で冬眠してしまう。
次回、「寒さと空腹との闘い ~私は病院で冬眠するのか~」