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私の部屋は宇宙に繋がっている──キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』感想

私の部屋は、宇宙と繋がることができるとくべつな部屋。

お茶を準備して、窓辺のいつもの位置に座って、両手で結界を張る。両手の繋がる部分には、束ねられた紙の束、本がある。その束を少しずつ追いかけるようにめくっていると、手のひらの中からじわりじわりと宇宙が広がっていく。

なんていうのは、冗談なんですけど。

2021年の年末にキム・チョヨプさんの『わたしたちが光の速さで進めないなら』(カン・バンファ、ユン・ジヨン訳,早川書房,2020年)を読みました。

SF小説の短編集です。

社会から取り残された人々に焦点をあてた7つの物語。私が持っていた「SF小説」に対する難しそうなイメージを払拭する、まろやかで魅力的な作品集でした。

表題作「わたしたちが光の速さで進めないなら」は、宇宙ステーションでただひたすら宇宙船を待っている老人と、その老人を連れて帰るように命じられた男の話。

宇宙開発の初期段階で重宝された技術を開発している間に、老人が乗るべきはずだった夫と息子の住む惑星行きの定期便が打ち切られてしまいます。老人は「コールドスリープ」(いわゆる仮死状態)と目覚めを繰り返しながら待ち続けます。そのなかで老人を迎えに来た男に発せられるの言葉が重たくのしかかります。

(承前)でも、わたしたちが光の速さで進めないのなら、同じ宇宙にいるということにいったいなんの意味があるだろう?わたしたちがいくら宇宙を開拓して、人類の外延を押し広げていったとしても、そこにいつも、こうして取り残される人々が新たに生まれるのだとしたら……」
「そうやって時間を稼ごうとしても無駄ですよ」
「わたしたちは宇宙に存在する孤独の総量をどんどん増やしていくだけなんじゃないか」
P.156 わたしたちが光の速さで進めないなら

愛する家族と離れ離れになって100年以上、老人はひとり、宇宙ステーションで眠りと覚醒を繰り返しながら待ち続けます。

孤独が孤独でなくなる瞬間を。

同じ惑星であれば離れ離れになっても空は繋がっている。けれど、違う惑星だったら?孤独を抱えたまま生涯を終える人間が、老人以外にもきっと無数に存在したことでしょう。表題作「わたしたちが光の速さで進めないなら」は、膨らんでいく孤独の総量を、それによって「こうなるはずではなかった」人生を歩む人間たちを静かに、そして鮮明に語っています。劇的なラストシーンののち、宇宙空間に取り残された彼女が、何を思って、どんな気持ちで暗闇のなかを進んでいくのでしょうか。

7編のなかでは、ほかにも画家の描いた絵と脳内に棲んでいる生物、その故郷の遥かな記憶を呼び覚ます「共生仮説」も好きでした。研究者たちの予測と観測データ、そしてある画家が描いた1枚の絵。かけ離れたところにあるそれぞれの点と点が線として繋がる瞬間、新しい世界が見えたような気がします。

SF小説も、韓国文学も普段はあまり手に取らない本なのだけれど、偶然と偶然、きっかけときっかけが重なって、結果的に自分の世界が広がっていく。両手を輪のようにして結界を作れば、ひとり分のスペースでも宇宙と接続ができる。窓を開け放つように、本を開けば外国にだって宇宙にだって、どこにでも行ける。

この扉が新しい世界の入り口になりますように。 

▽ここから2024年の追記
これは2022年2月に書いて長らく下書きに入れておいたものです。
今日書店を歩いていたときに、目が合った本がこの『わたしたちが光の速さで進めないなら』だったこともあり、「今じゃん!」と更新することにしました。
文庫本はというと、もちろん迷わずお迎えして、いまホクホクしています。
どうやら10月にハヤカワ文庫の仲間入りしていたみたいですね。嬉しい。
ノーベル賞もあって韓国文学はじめ、韓国SFも注目され始めていてとても嬉しいです…!日本語と語順が近いこともあり、どれを選んでも読みやすいのもおすすめのポイント。
星がきらめく冬のおともにどうぞ!

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よん
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