並べるのは、御託。
列島が花で埋め尽くされる、この素晴らしい季節に足止めをくらうというのは拷問に等しい。相当の引きこもり上手を自認するわたしであっても、だ。重いコートを脱ぎ去って、軽やかで明るい色見の生地で仕立てられた春の装いも往来に出てこそ、うれしたのしや、というところなものだ。頬をなでる風の当たりがやわらいで、きらめく陽光はまだ時を盛りと猛々しくもなくいたって瑞々しい。地球の息吹全体のなかに身を泳がせて歩くということの、平時意識すらしないすばらしさといったら。
昨日はそんな思いでつい鬱々として過ごしてしまった。気落ちするとしつこい性質なので、なるべくそのきざはしが見えると自ら落下しないように気持ちにタイトロープを張るのが得意なのだけれど、昨日は落ちるままにしていたかった。そんなときどうするかといえば簡単だ。ベッドにたくさんのクッションを並べて、傾斜をつくったそこに寄りかかってひたすらコーヒーを飲みながら活字を…なんでもいいのだ、むしろ意味など持たない無為な活字を追っている。あるいは単純に黙々とふて寝する。
音楽を聴くというのは、わたしにおいてはよっぽど精神的にフラットでないと選択しないことなので、無音のなかに身を浸す。落ち込むは落ち込むに任せ、浮上しようとなど思わない。考えもしない。するとどうだ、空まで怪しくなってきたではないか。突然の豪雨、完全に守られたあたたかな場所から降りしきる雨の音を聴いている。耳をそばだてて。
そんな自分自身に疲れきっていつしか眠りに落ちているが、日はまた昇る。気持ちが上向いているはずもなく。
ただ、生きていくしかない。生きるとは仕事をすること、生活すること、ただ貴重な日常を生きるだけ。せめて思うのは、晴れていてよかった。またポットに並々とコーヒーをつくって、今日という日を始めるしかないのである。
御託を並べたな!笑 さ、気が済んだ。仕事しよ。
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