シリウス
あくまで20年前のことなので最近はそんなこともないと思うのだけど、広告代理店にいた頃、社内のイントラを立ち上げてまず「全社必見」という告知情報ポータルみたいのを開く。最初は非常に驚いたことに、毎日毎日、けっこうな人が亡くなっていくのだ。次第に慣れていき、「あーまた3人亡くなったのか」となっていくので怖いものだった。そんで、営業局のフロアに行くと壁などにその訃報を知らせる紙が貼ってあったりして、そういったことはその後いろんな会社で仕事をしたけれど唯一、その会社に限ったことだった。
「テロリストのパラソル」を読んで、そんな昔のことを思い出していた。筆者の藤原伊織氏は元電通マンで(この「電通マン」と言う呼称こそ、過去のある時代まで勤務した人にしかもう該当しないし、今ではジェンダー平等とかで使わないのかも)、彼自身が59歳で亡くなってしまっている。
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あんまりこの手の作品…いわゆる日本産ハードボイルド系、サスペンス、ミステリー的なものが好きではなかったので、「テロリストのパラソル」が直木賞と江戸川乱歩賞を同時受賞となって非常に話題になったけれど手に取ることはなかった。同時に、この先もその予定だった。けれど、1年に2回だけ飲む、かつての上司に、会うたびに「オススメの本」を聞くのだが前回の6月に会ったときに、黒川博行氏の一連の作品を薦められた。オススメを聞いて教えてもらって読まないわけにはいかぬ。調べてみたら「えっ」と思う表紙群が並んでややたじろいだ。
10月のはじめにコロナで寝てるしかなかったときに、読み始めたらなかなか面白く、あーこれは元上司が連作を楽しみにしていたのわかるわ、と思った。その流れでふと思い出したのだ、藤原伊織氏のことを。
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以前新聞で訃報に触れたので、調べてみて亡くなっていたことを思い出したが驚きはなかった。代わりに、なぜかその当時まったく気づいていなかったが彼が元電通マンであったことを知った。そのほかにも、どうしようもないギャンブル癖ゆえに、借金を返すために賞金1000万の乱歩賞をあえて狙って獲りにいったこと、戸建ての家も借金のカタに無くしていること、海外でCM製作費を前借りしてギャンブルにつぎ込んだことなどを知って、おーこりゃおもろいな、と思ってネットをポチっとした。
作品は面白いに決まっている。そんなの、史上初の直木賞・乱歩賞同時受賞なんて離れ業をかましているんだから読まなくたってわかる。その前の段階の、作者について調べてみて、作品以上に興味を持った。けっこうこれが自分にとって大きく、偶然の出会いで本屋で買うことや新聞の書評経由で買うような場合をのぞいて、作者について興味を惹かれることが重要なのだ。
きわめつけに、同賞を受賞してもその後7年間も電通社員として生きたこと、非常に短い作家活動であったこと。
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作品については面白かった。とても。それ以上に興味をひかれたのが、くだんの黒川博行氏とは仲が良かったというか交流があったようだったので、黒川氏による藤原伊織評などネットで読むことができた。他に、同じように広告代理店から作家専業となった逢坂剛氏と藤原伊織氏のエピソードなど、その辺の周辺を掘っていくと、短い作家人生においても峻烈なきらめきを放った人なのだと知った。ちょうど彼の広告代理店を舞台にした「シリウスの道」のように、彼自身がシリウスのようにも感じられた。
ひとつ、余談を。
いろんな人が藤原氏の作品には男女の性愛が描かれないことを特徴として指摘していて、ご本人が尋ねられて「だって恥ずかしいでしょう」と回答している。逆に、私からしたら無意味に男女の性愛に持ち込む作品が多いことにときに辟易ともしていて、「ここでそういう関係に落とし込むのって興ざめ…」ということがままある。だからその点は良いんだけど、一方で男性批評家からはほとんどというか絶対にこの点が指摘されないんだけど、作中でけっこう「それは無理だろう」という男性主人公に対して、美貌の女性登場人物からコナをかけるシーンは多い。男から見ると、性愛を描かずラストまで駆け抜けることにセンスを感じるようだけれど、女からしてみると、必ず女は男性主人公を性的に観ている描き方は現実性がないと思ってしまう。
特に「シリウスの道」は、かなりリアルな広告代理店の仕事がわかる作品なんだけど、作中の女上司がコンペ作業中のハードな期間に冴えない主人公にコナをかけるのはいただけない。だって普通にありえないだろう!
100%ないか?と言われたらその限りではないだろうが、代理店のコンペ作業ってふつうに死にますよね?連徹だし修羅場ですよね?そんなもっとも邪魔されたくないタイミングで部長から部下に色目を使うなんて、あまりにもリアリティがないんだが。そしてそれを、男側でなく女からやらせることにたぶん、藤原氏の美学がある。決して彼は、男側から女に迫るのをよしとしないのだもの。
あれ、余談が長くなったし熱くなってしまったな笑。