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借り物の自分を生きる

本当はこんなこと書いている時間なんてないのに、書かないと気が済まなかった宮崎移住丸5年を迎えた朝。子供を保育園に送った帰り道、急に「借物の自分を生きる」というパワーワードが頭の中に降りてきて、険しい山道を運転しながら涙がこぼれた。ずっと自分の中で形を捉えられていなかったアイデンティティのようなものを言語化できた気がしたのだ。

なぜそのような考えに至ったのか。それを説明するにはだいぶ話が長くなるが、自分のために書いている。

おねえちゃん3歳、おとうとくん1歳

私は移住してから10年抱えていた摂食障害の症状がパタリとなくなった。それだけで随分と生きやすくなったけれど、ずっと「自分の価値がわからない」という課題は残っていた。存在価値がわからない。つまり、自分のアイデンティティを感じられないと言う問題。私は幼少期の経験からアイデンティティ確立に失敗し、それが摂食障害という形で現れた。16歳のころすべてを失い、そこにいるだけで精一杯だったあの日から、少しずつ解放されていった。その間に、たくさんの人を傷つけたし、つい1ヶ月前くらいまでそれは続いた。全ての原因は自分の価値がわからない不安からくるものだった。「どうして人間関係がこんなにうまくいかないんだろう」と悩んだこともあったけど、今ならこの理由から納得できる。失った信頼関係は取り戻せないから、学んでいくことが私の反省になると信じるしかない。(心当たりある方、この場を借りてごめんなさい)

では、なぜ「借り物の自分を生きる」という言葉がしっくりきたのだろうか。それは、20歳のころから「他者の考えを吸収することによって、生きながらえてきた」という感覚があるからだ。例えば私はすごく悩んだり壁にぶつかるたびに「あの人だったらこの状況をどう考えるかな」と思い浮かべ、その人の言いそうな言葉や考え方を自分に言い聞かせて立ち直ってきた。つまり、勝手に尊敬する人の言葉を借り、自分を客観視することで心を保ってきたのだ。

その尊敬する人というのは実在する人だけでなく、小説の主人公、ドラマの脇役、哲学など、ありとあらゆる人たちが残した言葉だった。

だから、私の考えは私が考えていることではなく、他の誰かから生まれるものだった。でもそれらを何度も唱えていると、いつしか自分の言葉になっていた。

その言葉の力に気づいたのは新卒でコピーライターをしていた経験からだった。そこでコピー年鑑を何度も写経して吸収した言葉や培ったスキルは、私の生きる武器に変わった。言葉に私が救われたように、私も言葉を使って誰かの背中を押したいと考えるようになった。

私は移住して求人サイトの編集をメインに働く傍ら、匿名でカウンセラー業も始めた。どちらも「人の心を言語化する仕事」には変わりがなかった。

「(心理学科を出てるとはいえ)自分の存在価値がわからないやつにカウンセラーが務まるかよ」と、もう一人の自分がヤジを飛ばすこともあったが、カウンセラー業にはむしろ自己がないことは好都合だった。つまり、カウンセラーは自分の価値観を捨てて、相手の心を言語化し、それを客観視して伝えることが仕事だからだ。この5年の臨床で得られた感覚で言うと、カウンセラーに必要なのは「自己理解×傾聴力×要約言語化力」だ(傾聴力がすべてだ!と言う方もいるけれど、臨床や取材の現場では傾聴だけでは弱い。要約して言語化してあげると、気持ち良く話してもらえるものである)。私は後者2つに優れている。ただ、どうしても自己理解だけは胸を張ってあると言えなかった。これが初めの話でいう「自分の存在価値がわからない」という感覚からくるものだった。

それがやっと、「他者に生かされている自分」という感覚が腑に落ちた。今まで、それは自分の本音で生きていない証のような気がして「ダメだ」と思い込んでいたが、やっと自分の弱さを受け入れて、誰かに頼ったり甘えたりしながら生きることを認められた気がしたのだ。でも、きっとこの感覚は移ろうものだろう。

東京にいるころは、家は寝に帰るだけのような場所だったのに、宮崎に来てから地続きな人間関係に慣れず、自己開示の相手とタイミングに失敗することを繰り返すたびに、育児も重なり家から出られなくなっていた。

でも、会いたい人に会いにいく人生にしたいなって。だって、私は周りの人の言葉によって生かされているのだから。

仕事柄、人の話を聞くことが好きで、そんな楽な習慣に逃げがちだけど、自分の考えも言語化して伝えていこうと決めた朝だった。そこには、かつて小田急線で涙を流したあの頃の私より、ひとまわり逞しい心があった。


こうやって自分に向き合う時間をつくれたのは、女性のための動画編集スクールのインタビュー記事を書くようになってからだ。瞬間風速的な広告記事を書くことが多かった私が、最近やっと「残せる記事」を書けるようになったことが嬉しくてたまらない。ここで読むドキュメンタリーなどを連載できることに感謝。


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