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呼ばれ、惑う。

「月が怖いの。満月を見上げると、まるで誰かに呼ばれているような気がして……」

大学最後の夏、学生らしいことがしたくて、友人たちと河原で花火をした日。熱気が重くのしかかるような熱帯夜だったと思う。

年甲斐もなく小学生のようにはしゃいだ帰り道、駅までの道を辿りながらふと夜空に浮かぶ満月を見上げていたときだった。
隣を歩いていた彼女がポツリに言ったのだ、「月が怖いの」 と。

私たちの祖先にとって、月は美しいと称えられる反面、「狂気」を持つ存在として畏怖された一面もあったと聞く。
月に酔狂する者。満月に向かって吠える狼男の不気味な姿。満月の日は交通事故などが多いという統計もあるらしい。

私は迷信の類を信じる質ではないが、それでも彼女の言葉を聞いたとき少し不安に駆られた気がする。
単にはしゃぎ過ぎた疲れからなのか、それとも虫の知らせというものなのか…

あれからかれこれ4年経っただろうか。彼女の結婚を祝うために、大学時代の友人たちと連れ立って彼女の自宅に向かった。

久しぶりに集まった顔ぶれに自然とお酒が進み、大学時代の話や仕事の話に花を咲かせ、話題は自然と彼女と結婚相手の馴れ初めに移っていた。

「会社の飲み会の帰りに歩道橋を歩いてたら、月が綺麗なことに気がついて。ついつい上を見上げながら歩いてたの。そしたらいつの間にか階段に差し掛かってたみたいで、見事に足を踏み外しちゃって… あっダメだ落ちる…!って思ったんだよね。そのときたまたま後ろを歩いてた人が腕を引っ張って助けてくれて。それが今の彼。ほんとに今となっては笑い話だけど、あの時は一瞬死ぬかと思ったな〜。お酒も程々にしなきゃダメだね…」

彼女のドジっぷりに苦笑いをしつつ、「ドラマみたいー!」と騒ぐ友人たちに相槌を打ちながら、彼女の口から出た "月" という言葉に記憶の片隅をつつかれたような気がして内心首を傾げた。

それから友人たちとの語らいもお開きになり、心地よい酩酊感を味わいながら歩む帰り道。
唐突にあの夏の彼女の言葉を思い出し、ふと空を見上げた。
星一つない暗闇の中に、まるでぽっかり穴が空いたように、白い満月がポツンとぶら下がっていた。

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