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お菓子は、人の「隙」を受け入れてほぐしてくれる。【#私とヨックモック 松田崇弥さん】

ヨックモック公式noteでは、お菓子を愛する方々による読み物企画「#私とヨックモック」をお届けしています。

今回のゲストは、株式会社ヘラルボニー(以下、ヘラルボニー)を双子の兄・文登ふみとさんと共に設立した、松田崇弥たかやさんです。

ヘラルボニーは、主に知的障害のある作家のアート作品のライセンスを管理し、さまざまなプロジェクトに展開している企業。2024年5月には、ヨックモックが原宿・表参道エリアにオープンしたポップアップショップ「クッキーのアトリエ」の空間プロデュースを担当いただきました。

そんなヘラルボニーでクリエイティブ統括をしている松田さん。「クッキーのアトリエ」での娘さんとの思い出や、お菓子が生み出すコミュニケーションの可能性について語ってくださいました。


故郷・岩手の思い出の味、トロイカのチーズケーキ

「チーズケーキ!」お菓子の記憶をたどると思い出すのは、兄のそんな声だ。

あまりお菓子を置いていない家で育った私の、幼少期の思い出のお菓子といえば、ロシア料理店「トロイカ」のチーズケーキ。僕らの出身地である岩手県内では、とても有名なチーズケーキだ。

私には、重度の知的障害と自閉症のある兄・翔太がいる。兄はひたすら同じものを好む性質で「何を食べる?」と聞けば「お蕎麦」か「チーズケーキ!」と返ってくる。だから、我が家では「ケーキ」といえば兄の大好きなチーズケーキ。誕生日もクリスマスも、ずっとそうだった。

喜んでいたのは、兄だけではない。私もトロイカのチーズケーキが大好きだったから、いつもうれしく食べていた。実家で誕生日を祝うときは、今も必ずトロイカのチーズケーキ。変わらず大好きなお菓子だ。

お菓子が、さりげなく考えを伝えるメディアになる

私は今、兄が7歳の頃に自由帳に記した言葉「ヘラルボニー」を社名に掲げたアートエージェンシーで、弟と二人、代表取締役をつとめている。

知的障害などの障害について話すとき、世間では「何か『いい話』が始まるのかな?」「しっかり聴かないといけないな」といった雰囲気や気遣いが、聞き手に生まれることがある。これは自分が小さい頃、兄の話を友人にしたときにも感じていたことだ。

語弊があるかもしれないが、私はいつも「『障害』って、すごくめんどくさい言葉だな」と思う。障害というものが、もっとカフェで気軽に話せるような、ナチュラルでカジュアルな当たり前の存在として扱われるようにしていきたいし、そうあるべきだ。

そんなときに、お菓子は押し付けがましくなく考えを伝えられる、最高のメディアになる。「よかったら食べて」と渡すお菓子や、「ちょっと行こうか」と気軽に立ち寄れるカフェのなかに、へラルボニーのアートや思想があったら。そこで「実はね」ぐらいの感覚で、障害について話すことができたら。そんな気軽な体験を生み出す可能性を、私はお菓子に感じている。

ポップアップショップは、アートを純粋に「素敵なもの」として受け取ってもらう機会

ヘラルボニーがお菓子とコラボするときは、おいしいお菓子のワクワク感に、アートがスパイスのような役割を果たして、さらに彩りをのせることができたらいいな、と思っている。

これまでも、パッケージデザインをヘラルボニーがディレクションするなどの形で、お菓子とのコラボレーションプロジェクトを実施してきた。

今年はヨックモックとのコラボレーションが、ポップアップショップ「クッキーのアトリエ」で実現。ヘラルボニーは空間演出を担当した。「常識にとらわれずお菓子が作る笑顔の世界を伝えたい」ヨックモックと、ヘラルボニーの理念「“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う」が惹かれあったプロジェクトだ。

店内にはヘラルボニー契約作家の小林覚氏がクッキーのアトリエのため描き下ろしたオリジナル作品「Paint Your Colors」をウォールアートとして展示した。ヨックモックのミッション「人と人をつなぐ」をみんなで表現するために、このウォールアートにお客さまが色を塗り足す、アート体験を実施した。

人と人が作品上でつながり、一つの作品を作りあげていく。「障害のあるアーティストの支援をしている」ということを前面に出すのではなく、アーティストとお客様と共に作り上げることを大切にした。

喜ぶ愛娘に、思わず「ここはパパの職場だよ」と言ってしまった

ところで、このポップアップショップが表参道で開かれていた約1カ月間、私は愛娘(5歳)に、パパはクッキー屋さんなのだと完全に勘違いされていた。

食べて描いて、お菓子のおいしさ、美しさを肌で実感できる、最高の体験をポップアップショップでした愛娘。その喜ぶ姿を見た私は、勢い余って「ここは、パパの職場なんだよ」と盛大に話を盛ってしまったのだ。

「クッキー、おいしいね!」「パパの仕事は最高!」と娘は狂喜乱舞した。申し訳ない……。

お菓子の求心力は、想像を絶するものだ。娘は帰り道も、満面の笑みを浮かべながら「パパの仕事場のクッキー屋さん、また行きたい!」と何度も話していた。

さて、近頃はフランスに子会社を設立したり、事業の売上も上がったりと、ヘラルボニーには一見華やかな成果が出ている。その一方で、掲げている理想が高いぶん、課題や未来に待ち受ける試練も見えてきて、精神的に疲れることもある。

そんなとき、フルパワーでアタックしてくる愛する娘が、自分の支えになっているのを強く感じる。

娘はお菓子が大好きだ。「パパはお菓子を買ってくれる」とわかっているのか、よくおねだりされるし、私も一緒に食べることもある。娘の最近のお気に入りは、チュッパチャップス。私がどれを食べるかは、娘にキュレーションしてもらっている。先日選ばれたのはコーラ味だった。

仕事に捧げる時間は長く、日々成長し変化する「今の愛娘」と過ごせる時間は短い。娘が補助輪付きで自転車に乗れるようになったことを出張先でスマホの画面越しに知るなど、記念すべき瞬間に立ち会えず、父親として寂しい思いをすることもある。

それでも、私は娘が生まれたことで、もっと事業で大きな挑戦をしようという意欲が湧いた。彼女にとって大切な存在であるお菓子を一緒に楽しんだり、喜んで食べている姿をそばで見られたりするのは、とてもうれしく、幸せな時間だ。

お菓子が生み出すコミュニケーション

最近はドイツの福祉施設に、日本のお菓子を持って訪問した。ヘラルボニーは、「作家ファースト」という考えを大切にし、作家さんとのコミュニケーションを重視している。ヨーロッパでも障害のある作家さんにたくさん会い、「これが日本のお菓子です」と説明しながら、一緒にティータイムをするのだ。うちとけるきっかけとしても、お菓子は一役買ってくれる。

ヘラルボニーの日本オフィスにも、お菓子がたくさん置いてある。その多くがいただきものだ。「これは誰からもらったの?」なんてところから、社員同士の雑談が生まれている。

置かれているお菓子のなかには、障害のある人が働く事業所で作られたクッキーや、福祉施設で作られているジャムもある。実はお菓子と障害や福祉は、こんなところで既に関係をもっていて、障害の有無にかかわらず人をつなげている。

お菓子のある場所は、「隙」を出してもいい場所

思うに、お菓子のある場所というのは、隙を出してもいい場所だ。

例えば、「食」に関連するサービスを、知的障害などのある人たちと一緒にヘラルボニーが運営することをイメージしてみる。同じ「食」でも、フレンチレストランのような場所より、アイスクリーム屋さんやクッキー屋さんのようなお菓子を提供する場所のほうが、楽しくお客さんとのやりとりができるんじゃないか、と思う。

それは、かしこまった場所では「ダメだ」と言われてしまうことや、それぞれの人の思いの発露を、許容し、むしろ楽しいものとして捉え直すコミュニケーションの変換が、お菓子のある場なら生まれるだろうと想像しているからだ。

今回のヨックモックとのコラボレーションで、お菓子の可能性を改めて実感できた。実現が決まっていない野望ではあるが、いつか知的に障害のある人たちが働くお菓子の事業ができたら面白いだろうと強く思っている。

<松田崇弥>
株式会社ヘラルボニー代表取締役社長。1991年岩手県生まれ。2018年に双子の兄・文登とヘラルボニーを設立し、クリエイティブを統括する。2019年には「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」を受賞した。

<編集:小沢あや(ピース株式会社)

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(おわり)


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