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学校司書・本上実景の見た光景

 山中やまなか市立豊山ほうざん小学校は、山のふもとにある小学校です。この小学校には、少しめずらしい学校図書館があります。
 学校図書館のドアには、「豊山小学校図書館」のプレートがられ、その少し下に「しずかにすごそう」と書かれた桃色の紙が貼られています。図書館に入ると、こんな本棚ほんだなが目に飛びこんできます。


豊山小児童文庫ほうざんしょうじどうぶんこ
※このたなには、世界せかいに一さつの本があつまっています。とても大切たいせつみましょう。


 一冊手に取ってみると、正方形のうすい本です。表紙は手書きで、「作・絵 ほう山小 二年二組 山本やまもとあや」と書かれています。しかし、他の本と同じように、コツコツとしたかたい表紙で、フィルムが貼られています。後ろには、バーコードもあります。中をめくってみると、中にも手書きの文字と絵がかかれています。
 もう一冊手に取ってみると、こちらは小さくて厚みのある、ずいぶん色あせた本です。表紙も中のページも活字です。表紙には、「作 豊山小 六年一組 本田ほんだ実希みき」と書かれています。こちらにも、後ろにバーコードがあります。
 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。二時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴りました。中休みが始まります。カウンターにもどりながら、続きを説明しますね。

 自己紹介しょうかいがまだでしたね。私は、ここ豊山小学校の学校司書をしています、本上ほんじょう実景みかげです。あ、早速利用者さんが来たようです。そちらの読書スペースのいすに座って、少し待っていてくださいね。
返却へんきゃくお願いします」
 青い海の模様のバッグから取り出された本のバーコードを読み取り、返却手続きを行います。
「はい、返却できましたよ」
「ありがとうございます」
 青い海の模様のバッグを手に提げた男の子、真山まやま晴海はるみくんは、真っ直ぐに目的の本だなに向かいます。真山くんは、五年二組の子で、一年生のときから毎日のように図書館に来ています。たった二十分の中休みにも、昼休みや放課後にも、図書館で静かに本を読んでいくのです。
 真山くんの作った本も二冊あります。
 一冊は『豊山の自然』という図鑑ずかんです。真山くんは、とっても絵が上手なんです。真山くんがスケッチした絵と真山くんのコメントがていねいにかかれた図鑑です。一度、休みの日に真山くんの図鑑にかいてあった場所を訪れておどろきました。図鑑の世界がそのまま目の前に広がっていたからです。よく観察していることがうかがえます。そして、私には見えない部分まで書き込まれていることに気づきます。真山くんだから見えた世界が、あの本に閉じこめられているのだとわかりました。
 もう一冊は、『ウミネコ・ミネとカモメ・クロのそらさんぽ』という絵本です。真山くんがよく読んでいる図鑑のウミネコ、セグロカモメの特徴がよくとらえられた絵が並んでいます。ちょっと大人びて皮肉屋のウミネコ・ミネと、夢見がちなセグロカモメ・クロのお話。浜辺の橋を二羽で歩いたり、海の上を悠然ゆうぜんと飛んだりしながら、交わされるおしゃべりがユーモラスで引き込まれます。この本は人気で、借りていく児童も多い本です。
 そうなんです。この学校図書館では、児童は利用者であり作家でもあります。
 もともと、その昔ある一人の児童が、本を作ったと持ってきたことから始まりました。担任の先生が製本作業をしてくれたものでした。せっかくなので、当時の司書は禁帯出(貸出不可)の本として展示しました。すると、その本を読んだ別の児童が、ぼくも作ったと持ってきます。そして、ぼくの本、貸し出していいよと言ったそうです。司書と先生たちが相談し、児童の作った本も貸し出しできることになりました。その本はその子の手作りだったので、司書が補強して製本し直し、バーコードを貼りました。最初に本を作って持ってきた児童に司書が声をかけると、その児童も貸し出してよいと言い、その本も貸し出しできるようにしたそうです。
 やがて冊数が増え、「豊山小児童文庫」が誕生したのです。

「この本、貸し出しお願いします」
 中休みが終わる五分前に、真山くんが本と貸出カードを持ってきました。
「はい、少し待ってね」
 貸し出し手続きをする間、真山くんがぽつりと言いました。
「ぼくも、この鳥たちみたいに空を飛べたら、海に行けるのかな」
 ドキっとしました。真山くんが差し出した本は、渡り鳥が出てくる小説です。真山くんは、海が出てくる物語や写真集、海の生き物図鑑を借りることが多いです。海へのあこがれはなんとなく感じ取っていました。でも、真山くんは、おじいちゃん、おばあちゃん、お母さんとの三人暮らしです。お母さんは忙しく、おじいちゃん、おばあちゃんもずいぶん年を取っています。担任の先生たちと連絡を取り合って、そっと見守ってきました。
 きっと、まだ本物の海を見たことがないのでしょう。六年生になったら、卒業登山で海が見えるところまで登ります。そこまで後一年待たなければなりません。そして、海まで行く行事は、小学校にも、この校区の中学校にもありません。
 私にできることは、本を貸し出し、紹介し、図書館を過ごしやすくすることくらいです。本物の海を見せることはできません。それは、担任の先生も同じです。海は遠く、電車やバスを乗りついでも数時間かかるところにあるのです。なんと声をかければよいのか、言葉が見つかりません。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 私は、本を青い海の模様のバッグに入れ、教室へ帰っていく真山くんの後ろ姿を見送ることしかできませんでした。

 三時間目から六時間目にかけて、立て続けに図書館利用の予約が入っており、バタバタと時間が過ぎていきました。国語、理科、社会、総合の時間と、代わる代わるにいろんな学年のクラスで図書館を調べ学習に使うのです。事前に先生と打ち合わせ、準備しておいた本や資料を並べ、注意点を伝えて児童の質問に答えます。図書館にない本は、山中市立図書館や県立図書館から借りて、禁帯出で展示します。
 本ばなれが進んでいる今でも、昼休みや放課後は子どもたちでにぎわっているのがこの豊山小学校図書館です。それは、昔から受けつがれてきた本を大切にする教育が根づいた小学校であることが大きいと思っています。朝読書や読書感想文、調べ学習に力を入れるのはもちろん、学級図書の選定やおすすめの本の発表会が開かれています。自然と学校司書の私と先生たちとの距離きょりも近くなります。
 子どもたち自身が本を作る、同じ学校の児童が作った本を借りる体験ができ、本に高い関心を持ちやすいことも理由の一つだと思っています。現在は、毎月第四金曜日の放課後に、本を作りたい子のために、出版社に勤めている友人が講座を開いてくれており、本を作る環境整備も進んでいます。友人には、先生たちがお金を出し合ってささやかな講師料を払ってくれています。教頭の高山たかやま先生にいただくお心付けで、ごはんを二人で食べるのが毎月の楽しみです。ちなみに高山先生は、私と友人の元担任の先生でもあります。
 そして、今日が今月の第四金曜日でした。講座には、真山くんも参加していました。

 仕事を終えた後、いつものお店で二人で語り合います。
「のんちゃん、いつもありがとね」
「いいのいいの。先生たちも素敵だし、私も未来の作家先生に出会えるの、楽しみだからさ。それに、高山先生のおかげでこのおいしいしょうが焼きをみかと食べられるわけだしね」
 のんちゃんこと、宮本みやもと希実のぞみがしょうが焼きをほおばりながら言います。
「ふふ、のんちゃんはいつもおいしそうに食べるよね。さすがグルメミステリー作家担当だわ」
「食べるのも仕事のうちってね」
 よく食べるのにすらっとしたのんちゃんが、もぐもぐと口を動かします。私も野菜炒め定食を食べ進めます。昔からあるここの定食が本当に好きで、大人になってからもここが行きつけのお店になっています。一通り食べて、ウーロン茶のおかわりを二はいたのんだ後、のんちゃんが空っぽの口を開きました。
「みかはさ、真山くんが気になるの」
 目を見開いてのんちゃんを見つめます。図星だとのんちゃんが笑いました。
「なんで」
「今日の講座の実習の時間、折に触れて真山くんに話しかけてたじゃない。それ以外もしきりに真山くんを見つめてた」
 無意識にそんなことをしていたのかと、のんちゃんを見つめます。そして、今日の中休みのこと、その後のことをのんちゃんに話しました。静かにうなずきながら聞いていたのんちゃんは、私が話し終えると言いました。
「そうね、みかにできることはやってる。それ以上は司書の仕事をこえちゃうね」
「やっぱりそうだよね」
 あの後、真山くんの今の担任の幸坂こうさか先生にも相談しました。やはり、海に連れていくのはご家族も私たちでも難しいだろうとのことでした。
「この後時間ある?」
 のんちゃんの誘いに、私はうなずきます。

 てっきりまたお店にでも行くのだと思っていたら、のんちゃんが連れてきたのは昔よく一緒に遊んだ公園でした。そして、そこに先客がおり、近づいてその顔に見覚えがあると気づきます。
「すみません高山先生、突然こんな時間にお呼び立てして」
 そう、教頭で元担任の高山先生です。
「いやいや、お世話になっている教え子の頼みとあらば、かまわんよ。宮本さん、今日もありがとう」
「いえいえ、私も楽しませてもらっていますから」
 どうも、のんちゃんが高山先生をこの公園に呼び出したらしいのです。
「それで、話というのは」
「五年生の真山くん、ご存じですか?」
「もちろん、五年二組の真山晴海くんだね」
 のんちゃんが首を縦に振り、私を振り返ります。
「くわしくは、本上さんから話します」
 そう言って、のんちゃんはウインクしてみました。私はなんとか平静を装いながら、高山先生に中休みのことを話します。
「幸坂先生からも前から話は聞いていましてね。でも、海に行くのはやっぱり難しいですねえ」
「そうですよね」
 仕方ありません。何か私にできることを探そと切り替えようとしたとき、高山先生が続けて言いました。
「来月、卒業登山の教職員下見があるんです。海に行くのは無理ですが、海が見えるところまで登ります。そこに、真山くんを招いてはどうだろうか」
 私は目を丸くします。
「校長、幸坂先生に相談して、親御おやごさんたちには私から話してみましょう。もし許可がいただけたら、どうです。本上さんもご一緒しませんか?」

 それから二週間後、校長室に呼び出されました。緊張しながらノックを三回すると、どうぞと声がかかります。重い扉を開けると、にこやかな校長の山路やまじ先生と高山先生が待っていました。真山くんの件、許可が下りたとのことでした。市の教育委員会にも話をつけてくれたそうです。
 放課後、真山くんがいつものように図書館を訪れました。真山くんだけになり、真山くんも帰ろうとしたとき、少し待ってくれるよう頼みました。首をかしげながら、真山くんは静かに本を読み進めます。そこへ、山路先生、高山先生、幸坂先生がやって来ました。少し背筋をのばし、表情を強ばらせた真山くんに、私は笑いかけます。
「だいじょうぶ。あのね、真山くん、来月の第一土曜日に、山登りに行かない?」
 真山くんはとまどった表情でじっと見つめます。私は、笑顔で続けます。
「豊山に、先生たちと一緒に登るの。よかったら真山くんもどうかなって。ほら、真山くんが書いた『豊山の自然』に出てくる鳥や虫、木に草花はもちろん、まだ見たことのない自然にも出会えると思うの」
 真山くんはしばらく考える素振そぶりを見せ、小さな声で言いました。
「でも、お母さん、土曜日もお仕事だし。あそこは勝手に行っちゃだめだって、おじいちゃん、おばあちゃんも」
「お母さんとおじいさん、おばあさんには、校長先生と教頭先生が許可を取ってくれたの。先生たちが一緒ならって。おばあさんがお弁当を作ってくれるって」
 海が見えるかもしれないことは伝えません。というのも、気候によっては海を臨めない場合もあると、理科が専門のはやし先生に聞いたからです。
「これ、お母さんたちからもらったお手紙だよ」
 山路先生が、許可証の直筆のサインを見せます。それで真山くんも安心したようです。
「すぐに答えは出さなくていいよ。お母さんやおじいさん、おばあさんとも話して、来週中にお返事をもらえるかな?」
 後は、真山くんの気持ち次第です。すると、真山くんが言いました。
「行く。行きたい、です」
 二度目の「行きたい」こ言葉に力がこもっていました。
「うん、じゃあ行こう! お母さんたちにも、真山くんが行きたいってこと、ちゃんと伝えてね」
 力強くうなずいた真山くんの目がきらきらしています。少しうるっとしたのをあわてて引っこめようと努めました。
 その日帰ってすぐ、久しぶりにてるてる坊主を作って自宅につるしました。少し目の位置がへんてこりんなてるてる坊主と目が合い、苦笑します。雨天の場合は延期です。でも、海が見えないくらいのくもりでも、下見は決行します。下は天気がよくても、山頂は視界が悪いということもあります。どうか快晴になってくださいと毎日空にお願いし、登山グッズを準備して、当日を待ちました。

 願いが通じたのか、真山くんの日ごろの行いがよいからか、見事に晴れました。後は、天気の変わりやすい山頂が晴れてくれることを願うしかありません。
 真山くんは、集合時間より早めにおじいさん、おばあさんと一緒に来ました。よろしくお願いいたしますと深々とおじぎするお二人に、こちらも大切にお預かりしますと深々とおじぎを返しました。真山くんは、鳥のマークが入ったリュックを背負い、いつもの青い海の模様のバッグを手に提げていました。バッグのほうには、小さなスケッチブックと筆記用具を入れているそうです。さすが真山くんです。両手を空にしておいたほうが安全なので、まだ入りそうなリュックにしまうよう伝えます。
 時間になり、先生たちと登山を開始します。山路先生、高山先生、六年生の担任の先生たち、幸坂先生、林先生、真山くんと私。保健の佐保さほ先生は、車で追いかけてくれます。小学校には、待機組の先生もいてくれることになりました。
 私は、それこそ学生時代ぶりの登山なので、この日のために少しずつ運動をしてきました。それでも息が上がるのをかくせません。
「本上さん、だいじょうぶ?」
 先生たちに気づかわれながら、はい、と返事をするので精いっぱいの私。必死に一歩ずつ歩みを進めます。時折わあっと歓声かんせいが上がり、前を向くと、真山くんが夢中でリュックから取り出したスケッチブックにスケッチをしており、林先生が植物や虫たちを楽しそうに解説しているのが見えました。みんなで立ち止まっているところに私も追いついて、林先生の解説を聞くのに加わります。林先生の博識ぶりに感嘆かんたんの声をもらすと、林先生は頭をかきながら照れていました。真山くんは林先生の解説と、自ら感じた思いをスケッチの横に書きとめます。
「いったんここで一休みしましょう。みなさん、しっかりと水分、塩分補給をしてくださいね」
 山路先生の声かけを受け、みなで休むことになりました。幸坂先生が個包装のおせんべいを配ってくれました。ちょうど小さな広場と少し汚れたお手洗い、ベンチがあります。登山客がよくここで休むのだと高山先生が教えてくれました。真山くんは、幸坂先生、林先生と一緒におしゃべりしているようです。六年生の先生たちは、何やら真剣なまなざしで話し合いをしています。卒業登山に向けての話し合いでしょうか。
「どうですか、久しぶりの豊山は?」
 高山先生の問いかけに、やっと呼吸が落ち着いてきた私は返事をします。
「こんなに急だとは思いませんでした」
 ははっと快活に笑う高山先生。
「これでも今日に向けて毎日歩いていたんです」
 私はしょんぼりとうつむきながら言います。
「よい心がけですね。全然運動していなければ、そもそも登りきれません。服装もきちんと山の装いだ。ちゃんと準備してきたのがわかりますよ」
 おだやかな笑みを浮かべる高山先生に、私は問います。
「山頂は晴れているでしょうか?」
「それは私にもわかりませんねえ。でも、ここにいるみんなが願っています。願いが届くと信じながら、けがのないように登りましょう」
 私は首を大きく縦に振りました。
 それから、太い灰色の山みみずにひゃーっと叫び声を上げてみんなに笑われたり、だんだんと気温が下がってきたので上着を羽織ったり、舗装ほそうされた道がなくなり登山客が切り開いた細い山道を慎重しんちょうに一列になって歩いたりしながら登っていきました。しめった落ち葉ですべらないように気をつけながら、歩みを進めます。木の幅の広い階段が続きます。一歩、また一歩と、足を前に出しながら、息を整えます。最後尾から二番目の私を、高山先生が後ろから見守ってくれるのを感じながら、歩みを止めないよう前方を見つめて進みました。
「後一キロですよ~」
 最前列の六年生の先生たちが、後ろを向いて声をかけてくれました。あと少しです。力がみなぎります。最後の上り坂と階段をなんとか上りきると、みんなが待っていてくれました。
「本上さん、おつかれさま! 頂上、着きましたよ」

 そこには、広場や木の机といすがありました。私は、すぐ後ろにいた高山先生に、海の見えるやぐらの場所をたずねます。高山先生の指差す方へ、私はかけだしました。他の先生たちがおどろきながら声をかけるのにもかまわず、見つけた木のやぐらをはあはあと息を切らしながら上ります。
 目の前に広がった景色を見てすぐ、私は後ろを向いて大声で叫びました。
「真山くーん! こっち来てー!」
 真山くんは一瞬いっしゅんビクっとかたをふるわせ、しかし一目散にこちらへかけ上がってきます。
「本上さん、どうしたの?」
 すぐそばの段まで来た真山くんが私にたずねます。
「いいから、来て!」
 興奮気味の私にとまどいながら、真山くんは最後の一歩をふみだします。せまいやぐらで私ははしに寄り、真山くんに真ん中をゆずります。真山くんが息をのむ音が聞こえました。

 私たちの暮らす家や小学校が点在するずっとおくに、海が広がっていました。遠くにあるため、波の様子などははっきり見えません。しかしながら、小さなみさきと海が、確かに私のひとみに映りました。そして、きっと真山くんの瞳にも。真山くんの瞳からつーっと一筋のなみだが流れました。びっくりした様子であわてて涙をぬぐった真山くんから、そっと視線を外します。
 すると、真山くんは勢いよくやぐらの階段をかけ下ります。不思議に思って真山くんを目で追いながら待つと、再び真山くんが上がってきて、それからスケッチを始めました。私は息をひそめて待ちました。仕上がったスケッチは、それは見事なものでした。紙二枚に目の前の景色が写し取られています。実際私の瞳に映ったよりも、海がキラキラとかがやいてみえます。きっと真山くんの瞳にはこのように映ったのでしょう。
 私はこの光景を目にしかと焼きつけました。
 真山くんは次のページをめくって、びっしりと文字をつづっていました。

 山頂で食べる手作りのいびつなおにぎりは、いつもよりおいしく感じます。真山くんのお弁当箱には、おばあさんの愛がつまっていると、においと見た目、真山くんのとびきりの笑顔から伝わってきました。
 帰りはひざが笑うのにえながら、なんとかみんなと下りました。
 小学校には、真山くんのおじいさんとおばあさんに加え、お母さんも待っていました。今日は土曜日なので半日で終わり、心配な気持ちで駆けつけられたそうです。
「晴海が大変お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ、大切な息子さんを送り出してくださり、ありがとうございました」
 頭を下げた真山くんのお母さんは、真山くんのほうへ歩み寄る。
「晴海、どうだった?」
 口を開くまでもなく、真山くんの表情が物語っていました。
「海、見えたよ。すごかった。大きくて広くて、きれいなんだ」
 真山くんの声色に喜びがにじんでいます。
「そう。よかったねえ。ごめんね」
 真山くんのお母さんが、ぎゅーっと真山くんをだきしめます。
「謝らないでよ。お母さんたちのおかげで、今日海が見えたんだ。おばあちゃんのお弁当もおいしかったよ。絵をかいたんだ。後で見せるね」
 そうか、真山くんの本や絵の一番の読者、鑑賞者は、ご家族だったのかと気づきます。忙しいお母さんと、足腰あしこしが弱っているおじいさん、おばあさんのために、真山くんはスケッチをして、観察したことやそのときの思いを書きとめ、伝えているんだと。だから、思いが強く伝わってくるのだと。

 真山くんを見送ってから、私は、待機組の先生方を含むみなさんにお礼を伝えました。みなさん、とってもいい下見になったしおかげで楽しかったと言ってくれました。本当に、みなさんのふところの深さには頭が上がりません。高山先生がにこにこ顔でこちらを見つめるのに、私は深々と頭を下げました。
 帰宅後、のんちゃんにもメールでお礼を伝えました。すると、すぐにのんちゃんから電話がかかってきました。
「どうだった?」
「真山くんもうれしそうで、最高だった。のんちゃん、ありがとう」
「私は何も。高山先生たちのおかげね。後、天気?」
 のんちゃんはからっと言う。こういうところを私はとても尊敬しています。
「のんちゃんに見せたいものがあるの」
「お、写真とったの?」
「ううん」
「えー、まあいいけど」
「それよりずっと、のんちゃんにとっていいものだと思う」
「めっちゃハードル上げるじゃん」

 真山くんが帰り際に言ったのです。
「本上さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、おかげで私もいいものを見られたよ」
「ぼく、今日のことをもとに本を作ろうと思います。絵日記じゃなくて、絵本をかきます。そしたら、また図書館に置いてくれますか?」
 私はすかさず答えました。
「もちろん。楽しみにしているね」

 製本した本をのんちゃんにもぜひ読んでもらおうと思っています。真山くんの新刊が待ち遠しいです。

 下見登山の日から一ヶ月後。豊山小児童文庫の蔵書が一冊増えました。真山晴海作・絵『ウミネコ・ミネ、カモメ・クロとヤマドリ・ドリーのめぐりあい』。製本を終え、バーコードを貼った新刊を並べると、ちょうど高山先生が来ました。
「先生、これぜひ読んでください。真山くんの新刊です」
「いいですね。ぜひ読ませてください」
 高山先生は、一ページ一ページ愛おしそうに読みながらめくっていきます。最後まで読み終えると、そっと本棚にもどしました。
「いやあ、すばらしいですね」
「そうでしょう」
 自分の本でもないのに、私はほこらしげに言いました。
「あのときを思い出しますね、宮本編集長と本上、いや、本田先生」
 私は耳を赤くします。

 私とのんちゃんはごはんが好きで、いつも給食を二人でおかわりしていました。そんなおいしい給食の出てくるグルメ小学生探偵たんていの物語を昼休みに書いていると、のんちゃんが読ませてと言ってきました。のんちゃんはおもしろいと言って、こうしたらもっとよくなるとアドバイスをくれました。
 そうしてのんちゃんと二人三脚ににんさんきゃくで書き上げた小説を、放課後見回りに来た担任の高山先生が読みたいと言います。ドキドキしながら待つと、すばらしいですね、少し貸してもらえませんかと言われます。次の日、きれいに製本されたその本に、のんちゃんと私は興奮しました。高山先生と一緒に図書館に本を持って行き、展示してもらえることになりました。のんちゃんと二人で作った本なので、作者はペンネームの「本田実希」にしました。

「からかわないでください」
「からかっていませんよ。私はとってもうれしかったんです。二人がそれぞれ本に関わる仕事を選び、本で人々を楽しませてくれている。その一助になれたなら幸いです」
「一助だなんて、へりくだらないでください。あの体験があったから、私ものんちゃん、宮本さんも今があります」

 仕事終わりに、のんちゃんにメールをしました。のんちゃんの反応が楽しみです。


件名|新刊所蔵のお知らせ

明未書房あけみしょぼう株式会社
編集部 宮本希実様

いつも大変お世話になっております。
豊山小学校司書の本上です。

この度、表題の通り、当校の「豊山小児童文庫」に新刊が所蔵されましたのでお知らせいたします。

作・絵 五年二組 真山晴海
書名 ウミネコ・ミネ、カモメ・クロとヤマドリ・ドリーのめぐりあい

つきましては、お手すきの際におしいただけますと幸いです。
来校者名簿めいぼにご記入のうえ、開館時間内にお越しください。

よろしくお願いいたします。

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山中市立豊山小学校図書館
学校司書 本上実景
開館時間 8:45~16:30
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すーこ
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