自筆短編 「二階堂の幻 序章」
二階堂の幻 序章
目の前に浮かぶ光の球体。
僕はそれを追い、そして手を伸ばす。
拳を何度握ってもそれを掴む事が出来ない。
それは幼い頃は夢にみていた。
朝起きると自分の掌を広げてみる。
そこに光はなかった。
それから、叶えられた物事があった時、
叶えられず泣いた時、
同じ夢をみたんだ。
それがいつしか寝ている時ではなく、
生活の中でフラッシュバックの様な感覚であの情景が、光に手を伸ばし、掴もうとして掴めない、
その映像が突然浮かぶ様になったのはいつからだろう。
人の醜さ、「青春の特権といえば、一言を以ってすれば無知の特権であろう」と、ある文豪が言っていたけれど、今は命のやりとりがない変わりに生きづらくなっているのではないかと思ってしまう。
いくら笑顔を費やしても理解されなかったあの日、仲間との別れ。
人の生きる世界は残酷なものだから、光を掴みそこねる事ばかりで、死ぬ事も上手くできない。
事ある毎にみるこの映像は一体いつまで僕を縛るのだろうか、
苦しい。生きる事を苦しいと思うのは僕だけなのだろうか。
なぜ孤独を感じてしまうのだろうか。
これでもたくさんの事は試してきたんだ。
恋人を作る、
たくさん恋をしてきた。
お金を稼ぐ、
たくさん稼いだ。
本を読む、
たくさんの書物を読みあさった。
たくさんの事を試験してきて、自分の元の姿なんて、もう思い出せないほど歩いてきた。
けれども、一度たりとも、あの光を掴めた事はなかった。
生きる意味とは本当に難しい。
幸福とは本当に難しい。
世界はゲーテがファウストに語らせたように全てを知るにはあまりにも広大であるのだろうと、
そう思えば「今」は通過点の極々小さなひとマスに過ぎないとも思えるが、
しかし苦しみに耐えなくてはいけない事実は変わる事はないのだから。
いつの日か解放される日を望みながら、今を生きる他に術はないと、疲れた身体で涙を拭い、
この、ビルが立ち並ぶ都会の片隅で、
僕はまた今日を消化して眠るしかなかった。
灯りを消して眼を瞑った時にふとこう思った。
生きるか死ぬか。
死ぬには僕は勇気が足らない。
まずは仕事をやめよう。
一人、全てを一から始めてみよう。
明日からは新しい人生を、僕は生きよう。
幼い頃に親の事情である時期に預けられていた今はもういないお婆ちゃんの家、そこで過ごした日々が、なぜだか頭の中に輝いて浮かんできた。
鎌倉にでも行ってみようかな。
私は漠然とそう思った。