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自筆短編 「丘の上の少年」

丘の上の少年

僕はいつもこの丘から、未来とか、世界とか、
そんな知らないものを眺めていた。

いつもの様に爽やかな風が吹く自然に囲まれた環境。単調ながらも居心地の良い毎日を過ごしていた。

僕がこのサナトリウムにきたのはまだもう少し小さい時だった。

昭和20年
今日8月5日で15歳になった。
小さなお菓子にロウソクを立てて、
サナトリウムの人達が祝ってくれた。
ここには図書室があって、
本がたくさんあるので、
僕は毎日本を読んで暮らしている。
僕のお気に入りはトーマスマンの「魔の山」だ。
僕もいつかここを降りてハンスと同じ様に戦争に行くのだろうか?そんな事を考えたりしている。
あともうひとつは、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」これもとても大好きだ。
この丘に座って、声を枯らすほどに泣き喚いたら、ジョバンニと同じ様に銀河鉄道が迎えにきてくれるかな。
そんな空想をしているとなんだか楽しい気持ちになる。

僕は外の世界は分からないけど、
でもゲーテのみたドイツのお城も分かるし、
リルケの書いたパリの町並みも知っている。
あと、図書室には毎月新しい本が数冊増えるのだけど、最近入ってきた本で、
三島由紀夫という人の「花ざかりの森」という本がとても興味深くて、綺麗な世界の中で時間を旅する様な、
とても心地の良い小説だった。
 同じ病棟に読書家のおじいちゃんがいて、
「この本の作者は神童なんて言われていて、16歳で書いた作品なのだよ」と聞かされて本当に驚いてしまった。

いつも、毎日、この丘から世界を想像していた。
ある国のパレードや、サーカスや、映画や、
少し恥ずかしいけれど、恋愛も。

この辺りの土地の事はあまり知らなくて、
あの道の先はどこに続いているのだろう。
あの山の向こうにはどんな街があるのだろう。
そこは海は近いのだろうか。
港はあるのだろうか。
その港からは、外国へ向かって船が汽笛を鳴らして、
大海原を渡ってゆくのだろうか。

そうだ。
僕も今のうちに何かを書き残そう。
長い小説を書いてみようかな。
うんと長い、何年もかけて書く小説を。


今日もこの丘から、
無限に広がる眩しい程の美しい世界を、
無数にいる美しい人々の生きる輝きを、
僕は一人で眺めていた。



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