成田の空を見上げれば
「千マイルブルース」収録作品
あんな鉄の塊が空を飛ぶだなんて。
俺は男とともに不思議がっていたが……。
成田の空を見上げれば
成田のキャンプ場に向かっていた。ツーリング雑誌『アウトライダー』のイベントに、前夜から参加するためだ。しかし地図ではすぐそこなのに、キャンプ場がなかなか現れない。俺は畑仕事をする老人を見つけ、バイクを停めた。尋ねると、どうやら角をひとつ間違って曲がっていたらしいことがわかる。「まあ似たような景色だからね」と、老人が柿をひとつ差し出してきた。そういえば、朝からなにも食っていない。
俺は訊いた。
「このあたりに、食堂とかはありませんか? そろそろ飯にしたいんですが」
「飯屋はないね。この先に、薬も食いもんも売ってる『開いててよかった』があるだけだ」
ドラッグストアのことだろう。土地の物をと思ったのだが、それならば仕方がない。
老人が腰を伸ばしながら、広がる風景の奥に背伸びした。
「そうか、もうこんな時間か」
時計台でもあるのかと、俺は同じ方向を見た。だが、なにもない。飛行機が飛んでいるだけだ。俺は訝り、老人に訊いた。
「どこで、時間がわかるんですか?」
「あれは、全日空のロスアンゼルス行きだよ。たぶん今は……」
老人が時刻を言い、俺は腕時計を覗いた。合っている。なんと成田空港は、大地の中のからくり時計になっているのだ。
俺が感心していると、老人はリアに括った俺の寝袋を眺めていた。
「この辺の夜は冷えるぞ。タチの悪い風邪も流行ってるから気をつけなさい」
「まあ、テント張ったらすぐに酒を飲んで体を温めますから。それで寝袋に包まります」
老人が、ほほ笑みながら頷いた。
「でもよかったなあ、今夜も明日も天気で」
またもや俺は訝った。そんなワケはない。今夜はもつだろうが、明日の降水確率は低くないのだ。俺は訊いた。
「どうして、そう思うんですか?」
「ボーイングがそう言っとる。飛行機雲が、あっちの森に流れながら消えてるだろ。だから晴れだ」
土焼けした顔が、なんのためらいもなくそう言い切る。まいった。最先端のテクノロジーさえも、森羅万象のひとつとして呑みこんでいるのだ。
俺は改めて礼を言い、走り出した。
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