朝の憂鬱と、連絡帳のお守り。
「…はぁ…小学校行きたくない…」
日曜日の夜から長男が深刻な表情で呟いている。
その横で、
「あしたって、保育園?」
次男が私を覗き込むように尋ねる。
「そうだよ!保育園!」
「…保育園、ヤダ!
ヤダヤダ!行きたくない!!!」
突然、地団駄を踏んで叫び出す次男。
さっきまでの冷静さは何処へやら。
床をダンダン、ありったけの力で蹴りまくる。
行きたくない思いを身体中で表現している。
そんな2人をなだめるための、
適切な言葉は未だに見つからない。
・仕方ないから、がんばろ!
・あと5日頑張ったら、また休みだから!
・きっと行ったら楽しいよ!
・何が嫌なの?
・そんなこと言ってると、鬼来るよ!鬼!!
うーん、全然ダメ。
全部しっくりこない。
そんなわけでいつもフワッとした感じで
「だよねー、嫌だよねー…」
と言いながら、就寝へと導く。
行きたくない学校や保育園が待っている気持ちが拭いきれないままの就寝は、
気持ち良くないことも知っているけれど
行きたくない気持ちを
行きたい!という気持ちに変える術を
あいにく私は知らない。
最近の朝は、それはそれは酷い。
曜日に限らず酷い。
けど、休み明けが特に酷い。
「…はぁ…やだなぁ」
「保育園、行きたくないよー!!!」
という息子達の奥で
「…あー…行きたくねぇ…」
3人目の男、旦那も呟いている。
〝オマエもかーい!!!〟
心の中でツッコミをいれ、
3人の男達を叱咤激励しながら
送り出すのがとても大変なわけだけど、
3人の気持ちも痛いほど分かる。
私も産休前は朝起きてから
「あー、仕事に行きたくない。」と
何度思ったか。
むしろ毎朝思ってたし、
長期休み明けなんて
この世の終わりくらいに絶望してた。
疲れも全然とれてないし、
ダルいし、頭も痛い気がする。
お腹も痛い気がする。
でも、別に仕事が嫌いな訳じゃない。
行ったら行ったで、
別にどうってことないのも分かってる。
何だかんだで、
ちゃんと1日が終わることも分かってる。
それなのに、何で毎朝毎朝
「やだなー…」ってなるんだろう。
それも、保育園に通う小さな子どもから
仕事に通う、ある程度年齢の重ねた大人まで
全員が「やだなー…」ってなるんだろう。
そんな幅広い年齢で共通する気持ちって
あんまりなくない?
だから人間にとって、
結構普遍的なことなんだよね、多分。
先日、あまりに長男が小学校を嫌がって
日曜日の夜からグズグズと泣き出した。
友達も多くて、
近所を歩くと私の知らない色んな子から
いっつも声をかけられている長男。
勉強も楽しい!と言っていて、
体育も大好き。
図工も得意。
新しいことにも怯まず挑戦するタイプで、
まるで私の遺伝子が
本当にこの子に入ってる?と
疑ってしまうくらいなのに。
長男があまりにもグズグズメソメソ泣くので、
何が嫌なのか聞いてみた。
「給食がイヤ。
残しちゃったらどうしよう…」
グズグズ
グズグズ
確かに、厳しいタイプの先生だしね。
今は給食の指導を昔ほどキツくやらないけど、
先生によっても頑張らせ具合って違うだろうしね。
「残したら怒られるの?」
「ううん、怒られないけど…」
メソメソ
メソメソ
怒られないなら別に良くない?
と、言いかけて飲み込む。
だって、長男がここまで泣くのも珍しい。
適当に放った一言が息子をぶった斬ったら大変。
「ママも小学校2年生くらいまで給食嫌いで、
食べないから昼休みの時間もずっと席に座らされてたよ…」
「え?!休み時間も?!」
驚きと引き気味の表情で
顔を上げる長男。
令和の小学生には刺激が強い話だったか。
「ママの子どもの頃は、
給食食べないと食べるまで休み時間無しだったよ!
それでもママは食べなかったけどね!
あ、でも確か3年生くらいからモリモリ食べれるようになって、
5年生になった頃には男子を押し退けて給食おかわりしてたよ。
今は学校で1番好きな時間は給食の時間だし。
だから長男もそのうち好きになるかもね。
だってママの子だから。」
私のポケーっとしてた小学生の頃と真逆の
小学校で大活躍している長男なのに
突然〝ママの子だから遺伝してるでしょ〟的な言葉で安心させようとしたら、
これが意外と効果があった。
「へぇ…確かに。
ぼくもママみたいになるかもね。
大きくなったら。」
長男がグズグズメソメソタイムを抜け出して
少しニコッとした。
「そうだよ!
ママは給食食べまくったから
こんなお腹になっちゃったけどね。」
パンパンに膨れた臨月のお腹を見せて
ナデナデしながら私が言うと
「違うでしょ!
赤ちゃんいるからでしょ!」
長男はいつもの顔で笑ってくれた。
良かった。
笑った。
足も遅くて、
手もあげられなくて、
外遊びよりお絵描き好きで、
問題解くのも理解するのも遅かった小学校時代の私が
20年以上の時を経て、
長男のグズグズメソメソを解消できて良かった。
給食は人並みに食べれる女で良かった。
多分給食以外の事だったら、
あとは長男の方が優秀だから
〝ママの子だから〟なんて通用しなかったよ。
次の日の朝、
案の定、長男はまたもやメソメソしていた。
「学校行きたくないよー…
だって、ママは1日家にいるんでしょ?」
私が産休だから、
私がお休みだから、
一緒にいたいんだよね。
分かるよ。
「僕も休みたい…
給食も残したら嫌だしさぁ…」
おいおい。
昨日の夜に、ループしてるやん。
でも、そうなんだよね。
昨日の夜に解決したから大丈夫!
じゃなくて、
時間が経てば心は揺れて
やっぱり嫌だって気持ちになるよね。
たださぁ、
もう家を出る時間になるから
いい加減にそろそろ切り替えて欲しいな、ママ。
結局その日の朝の私は、
時間が差し迫ってきたので
仕方なく連絡帳に長男の給食のことを書いて
先生に渡すように伝えた。
〝給食が不安なことは、先生も分かってるから大丈夫だよ〟と。
長男は「分かった」と
ベソをかきながら、
連絡帳をランドセルにしまって
渋々学校へ行った。
私は小学校の先生をしているので、
朝、教室に行って机の上に連絡帳が乗っていると
何かあったのか?!
と、少しピリつく時がある。
本当に大変な内容の長文の連絡帳が来ることもあるし、
それこそ給食が不安で…とか
◯日にお休みします。とか
体育を見学させます。とか
教科書が見当たらなくて…とかが
書かれていることもある。
連絡帳を受け取って、
そんなことで?!とか
面倒くさいなぁ…と思ったことはないけど、
最初に受け取った時に
ドキッとする気持ちには、なることはなる。
だから、息子が連絡帳を持って行ったら
先生がどう思うのか、少し想像できる。
決してプラスの気持ちにはならないことは。
だけど、その日の朝は
私は母親として、
息子が安心して学校に行くための
一つのお守りというか、
おまじないというか、
そんな気持ちで連絡帳を書いた。
きっと私が教室で受け取ってきた数々の連絡帳も
家で子どもを見ていて
悩んで悩んだ保護者の方が
もしかしたら自分の子どもを学校に向かわせる為に
そっと背中を押すためのお守りのような文章だったのかも、と
自分が小学生の親になって思った。
保育園や幼稚園と違って、
先生とのコミュニケーションが格段に減る小学校だからこそ、
きっと迷いながら連絡帳を開いた保護者の方も
少なからずいるはずで。
これからは、
連絡帳を受け取った時に
書いてある言葉の表面だけでなくて、
その奥にある保護者の思いや
子どもの思いを
少しは想像出来るかもなと思った。
そして何より、
週明けはきっと登校するのが辛い子が多い。
先生の私も出勤するのが辛いけど、
それよりも
クラスで頑張るあの子も、
大人しくて引っ込み思案なあの子も、
休日を家族で満喫したあの子も、
ゲームばっかしてたあの子も、
色んな事情で家でグズグズメソメソしてから
学校に来ているのかもしれない。
そう思ったら、
少し見方が変わりそうだ。
グズグズメソメソしても、
みんな頑張って学校に来たんだもんね。
君たちも、先生も。
言葉には出さなくとも、
そんな気持ちをもつだけで、
声のかけ方や
朝の時間に話すことも変わりそうな気がする。
さてさて、
私は産休のおかげで、
3人の男達の毎朝の憂鬱な
「行きたくねぇ〜…」を横目に、
心穏やかに過ごしている。
行きたくねぇ気持ちは痛いほど分かるけど、
来週あたりに命懸けで子ども産むから
今くらいは心穏やかに過ごさせてくれ。
育休が終わったら
私も「行きたくねぇ〜…」の仲間入りをするからさ。
そして、家族とクラスの子達の
「行きたくねぇ〜…」にも、
もっともっと寄り添うからさ。