『ジョン王』異端な私生児フィリップを通して見えた現実世界
『ジョン王』は、彩の国シェイクスピア・シリーズ(SSS)の第36弾として2020年に上演される予定だったが、憎いコロナのあんチクショウのせいで全公演が中止に追い込まれた。
2年半の時を経て“仕切り直し上演”となり、今作がSSS事実上のフィナーレとなる。皮切りの東京公演が渋谷・Bunkamura シアターコクーンで上演されている。(注:1月3日に上演中止の告知があった)
年末上演チケットをどうにかゲット
超・個人的なことだが、本公演の2022年最終上演となった12月30日のチケットをなんとか滑り込みで取ることができた。スマホを握りしめたまま”歓喜の舞”の後、「一年の締めくくりにシェイクスピアを観劇するアタシ」に少しのあいだ酔っていた(笑)
先に断りを入れておくが、わたしはシェイクスピアに造詣が深いわけではない。映画でオマージュ的な作品を観たことがある程度で、SSSだって蜷川幸雄の頃にも観たことなんてない。だから正直なところ『ジョン王』がどんな話かもチケットが取れてからネットで軽く調べた程度だ。なにより「小栗旬が出演しているから観たい」。それだけと言ってもいい。
前置きが長くなった上に、こんな浅い知識と軽薄な動機で申し訳ないが、わたしの記念すべきシェイクスピアデビューとなった『ジョン王』についてレポートしようと思う。
舞台初日の12月26日は主演を務める小栗旬の誕生日で、芸術監督の吉田鋼太郎が当初予定していた27日から前倒しにしたと聞いた。どうせなら、小栗の誕生日から始めよう、となったらしい。小栗と吉田の親交の深さが伺える。
私生児フィリップの衣装について(個人的見解)
さっそく気になったのが、小栗=フィリップの衣装。「なんか、パーカーっぽく見えない?」。いや、パーカーそのものである。中世ヨーロッパが舞台の物語で、他の登場人物の衣装と比べてもあきらかに異質である。これはフィリップ自身の異端さを表しているのではないか。(決して、小栗君が衣装を忘れたわけではない)
フィリップはきっと、自分が私生児と知り「自分は何者なのか」ともがき葛藤したに違いない。そして実の父親がリチャード獅子心王だと知り、野心を胸にひと旗上げることを決意する。皮肉屋で周囲の誰にも心を許さない彼は、次第に一度も会ったことのない亡き父の姿をジョン王に重ねていったのではないか。
現実世界のわたしたちの中にも怒り、悲しみ、喜び、憤りが複雑に絡み合い、得体のしれないものとなって蜘蛛の巣のようにびっしり張り巡らされている。フィリップはわたしたちであり、わたしたちも異端なのだ、と解釈した。
今作は「国と国との戦争」という、現実世界で現在進行形で起こっている事実ともリンクする。フィリップの 私服 衣装が現実世界と物語をつなぐコネクタとして「物語の中だけではない。この悲しい戦争はわたしたちの現実なのだ」と突き付けてくる。「絶対に忘れるなよ」とわたしたちを睨みつけているのだ。
それから、なんといっても冒頭の登場シーンではかなり度肝を抜かれた。脳内に鋭利な針を突き刺されたような感覚。瞬く間に客席に緊張感が走り「舞台から目が離せない・・・!」(わたしはこのシーンが今作で一番ドキドキした!)
フィリップがあの 私服 衣装でなければ、ここまでの感覚に陥ることはなかっただろう。ここまで計算していたとするなら、まんまと術中にはめられたわけだ。吉田鋼太郎、なんて恐ろしい人なんだ。
オールメールの中の"スパイスガールズ"
主人公以外の魅力にも触れよう。
SSSの特徴のひとつが、登場する女性役を含め、登場人物すべての役を男性キャストが演じるオールメール上演。なかでも、ジョン王の母・皇太后エリナー、未亡人・コンスタンス、スペイン王の娘・ブランシュといった、強烈な個性を放つ女性たちが物語に華を、いや、毒を添えている。
姑と嫁の関係にあたる皇太后エリナーとコンスタンスの激しい罵りあいは、女同士の譲れない闘いが壮絶だ。打算的でドライな性格の皇太后エリナーは、末っ子・ジョン王を溺愛し、裏で暗躍するフィクサーのような女。愛する我が子を連れ去られ常軌を逸したコンスタンスは、激しく情念を燃やし半狂乱となるも、その姿は妖艶な美しさだった。フランス皇太子・ルイと恋に堕ち、結ばれたことで自分の居場所をみつけたブランシュは、本当に可憐でしあわせそうな笑顔をみせた。(中の人がオジサンだというのを忘れていたよ)
そんな"彼女たち"は、舞台上でむせ返るほどの毒々しい刺激を振りまき、後からかなり癖になるスパイシーさで観客を虜にしていた。ぜひ、ジョン王の”スパイスガールズ”に注目してほしい。
おわりに
ここまであまり触れていない他の登場人物も劇中で重要な存在だ。まずは、タイトルロールのジョン王を忘れてはならない。勇敢だった兄・リチャード獅子心王に対し、コンプレックスを抱える不出来な弟・ジョン王。自信がない故に、自分が王であることを誇示しようとしていたのだろう。
幼きアーサーの可愛さ、ルイ皇太子のピュアな野心、心優しい男・ヒューバート、王に反旗を翻す伯爵連中の思惑など、物語が進むにつれジョン王に絡みついていく。
国と国との戦争下、皆、むき出しの感情でのぶつかり合いに、現実世界での出来事が重なって見えた。