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労働する権利

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 労働契約を締結すると、労働者は労働する義務を負い、その労働の義務を果たすことと引き換えに賃金の請求をする権利を持つのが基本です。

 では、労働者は、労働する「権利」は持つのでしょうか。

 つまり、使用者が労働をさせないときに、労働者は使用者が労働するなと言っている以上労働することができないのか、それとも労働者の権利として労働することを求めることができるのか、という問題です。

 この問題については、多くの裁判で様々な結論が出ていますし、学説も分かれています。

読売新聞社事件(東京高等裁判所昭和33年8月2日判決)

 代表的な裁判例と言われるのが、読売新聞社事件です。

 この裁判では、会社が労働者に対して昭和30年9月30日にした解雇が不当解雇であるとして、労働者が東京地方裁判所に、右解雇の意思表示の効力を停止し、右解雇の意思表示の翌日以降本案判決確定に至るまで解雇当時の賃金に相当する金員の支払を求めるとともに、会社は労働者が就労することを妨げてはならないとの仮処分の申請をしました。

 東京地方裁判所は、労働者の右仮処分申請中、解雇の意思表示の効力の停止と賃金の支払を求める部分については、労働者の主張を理由ありと認めてその旨の仮処分決定をなすとともに、就労の妨害排除を求める部分については、本案請求権の疎明がないことを理由に、労働者の右仮処分申請を却下する旨の決定をしました。

 この決定に対して、労働者は、“労働者は使用者に対して就労請求権を有するものであるから、不当解雇であることを認めながら本案請求権の疎明がないとして抗告人の本件就労の妨害排除の仮処分申請部分を却下した原決定は違法である”として東京高等裁判所に不服の申立て(抗告)をしたのが本件です。

 東京高等裁判所は、まず、労働者には一般的には就労請求権はない、としました。

・・・労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものでないと解するのを相当とする。

 そして、本件においては、労働者に就労請求権があるものと認めなければならないような特段の事情はない、と認定しました。

 また、労働者の就労に対する使用者側の妨害を禁止する仮処分命令を発しうるためには、その仮処分の必要性が必要であるところ、本件仮処分においては、解雇の意思表示の効力の停止と賃金の支払を求める限度において労働者の申請は認容されたから、抗告人は特段の事情のない限り、それ以上進んで就労の妨害禁止まで求め労働者としての全面的な仮の地位までも保全する必要はないところ、本件では特段の事情があることについてなんらの疎明もなく、結局仮処分の必要性も疎明がないということになるから、本件仮処分申請中就労の妨害禁止を求める部分は理由なしとして排斥を免れない、としました。

 この裁判は、仮処分の効力が問題となったので、仮処分の必要性について言及されていますが、これが本案訴訟であったならば、訴えの利益があるかどうかという観点からの判断がなされることになるかもしれません。

 しかし、そもそも労働者に就労請求権が認められるのは特段の事情があるときに限られることも明示されていますので、いずれにしても労働者の就労請求権が認められることは稀であるということになるでしょう。

労働は自己実現?

 裁判例は、就労請求権そのものによって労働者の救済を図るよりも、他の理由(合意の有無、違法な差別的処遇やパワハラ等を理由とする損害賠償請求等)で解決を図る傾向にあるようです。

 これに対して、労働は単に賃金を稼ぐための手段であるだけでなく、自己実現・自己発展の目的を果たすためのものであるとして、就労請求権の存在を積極的に認めるべきであるという考えを示す学説があります。

 しかし、現実には、個々の労使関係においてどのような合意があったか、どうのような合意の存在が推認されるか、という問題に帰着することになるでしょう。

 労働が自己実現のためのものであれば、従業員がみな目的意識をもってイキイキと働ける職場になるでしょうが、かといって、労働が一般的な「権利」であることを認めてしまうと、使用者は、労働が必要ないときでも労働者の請求に応じて労働をさせなければならなくなってしまいます。

 労働の一般的な権利性は認められないことを前提としつつ、各人が労働を通じて自己実現できる職場環境を整えたいですね。

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