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従業員への損害賠償請求は制限される?

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 会社の従業員が業務中に交通事故を起こして、事故の相手方に損害を与えてしまった場合、会社は原則としてその相手方に対して損害を賠償する責任を負います(民法715条1項本文)。これを「使用者責任」といいます。
 そして、会社がこの使用者責任に基づいて第三者に損害を賠償した時は、会社は、事故を起こした張本人である従業員に対して、その賠償した額を会社に支払うよう請求することができます(民法715条3項)。これを「求償権の行使」といいます。

(使用者等の責任)
第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

 また、この交通事故によって、会社自身が損害を被ることもあります。例えば、交通事故を起こしたのが会社の車であった場合には、その修理代、台車代、買換え代金、修理期間中に営業できなかったことによる損失(逸失利益)などです。
 会社は、これらの損害の賠償を、事故を起こした従業員に対して請求することができます(民法415条・709条)。

会社の従業員に対する請求は減額されるか

 民法715条3項、415条、709条等によって事故を起こした従業員に損害賠償請求できるとしても、常に必ず全額を請求できるわけではありません。

 そのことを示した最高裁判所の判例があります。

 茨城石炭商事事件(最高裁判所昭和51年7月8日第一小法廷判決)は、会社所有のタンクローリーを業務で運転中に、別の会社のタンクローリーに追突して破損させた従業員に対し、会社が事故の相手方に支払った賠償金と、会社自身が被った損害(車両修理代と修理期間中の逸失利益)を請求した事件につき、以下のように述べて、会社の従業員に対する請求を4分の1に制限しました。

 まず、従業員に対する損害賠償請求や求償権の行使については、「損害の公平な分担」となるように、「信義則上相当と認められる限度」においてのみできることを示しました。

 そして、損害が公平に分担されているかどうかについては、「事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情」で判断するものとされました。

 使用者が、その事業の執行につきはなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。

 そして、問題となったケースでは、以下のような事情があったため、会社の従業員に対する請求は信義則上4分の1に制限されたのです。

(1)会社は、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売を業とする資本金800万円の株式会社であって、従業員約50名を擁し、タンクローリー、小型貨物自動車等の業務用車両を20台近く保有していたが、経費節減のため、右車両につき対人賠償責任保険にのみ加入し、対物賠償責任保険及び車両保険には加入していなかった。
(2)本件従業員は、主として小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するにすぎず、本件事故当時、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞しはじめた国道上を進行中、車間距離不保持及び前方注視不十分等の過失により、急停車した先行車に追突したものである。
(3)本件事故当時、本件従業員は月額4万5000円の給与を支給され、その勤務成績は普通以上であった。

従業員から会社に対する請求は?

 この裁判例によると、従業員の業務中の行為によって生じた損害は使用者と従業員との間で公平に分けて負担すべきことになります。

 そうすると、従業員が一旦損害を全額負担した時には、その従業員から会社に対する求償(逆求償)もできることになりそうです。

 この点については、学説も判例も考え方が分かれていたのですが、令和2年2月28日に出された最高裁判所の判決(福山通運事件)は、「被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべき」として、この逆求償を認めました。

  民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和32年4月30日第三小法廷判決,最高裁昭和63年7月1日第二小法廷判決)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
 また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない
 以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。

損害賠償は公平に負担

 この令和2年の福山通運事件最高裁判決により、今後は、会社と従業員のどちらが最初に賠償したとしても、最終的には公平にその負担が分配されることが明確になりました。

 会社としては、できるだけこのような事故が発生しないような安全配慮をすると共に、万が一そのような事故が起きたとしても損害が最小限度に抑えられるよう、日頃から注意を怠らないようにしましょう。

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