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無期転換後に正社員の就業規則は適用されるか

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 今日は、昨年11月に大阪地方裁判所で出された、無期転換後の正社員に正社員就業規則が適用されるかどうかについての判決(大阪地方裁判所令和2年11月25日判決)を紹介します。

事案の概要

 原告らは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする被告会社において、有期労働契約を締結して、トラック運転手として配送業務に従事していました。

 平成30年10月1日を始期とする無期労働契約の締結を申し込み、労働契約法18条1項に基づき、被告会社はこれを承諾したものとみなされ、原告らと被告会社との間に無期雇用契約が成立しました。

 しかし、無期雇用契約に転換した後も、原告らには「正社員就業規則」ではなく「契約社員就業規則」が適用されていました。
 その結果、正社員の基準の賃金支払を受けることができず、また、正社員就業規則に定められている、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金の定めも適用されない状態になっていました。

 そこで、原告らは、無期転換後には、正社員就業規則が適用されると主張して、①正社員就業規則に基づく権利を有する地位にあることの確認と、②無期労働契約に転換した後の平成30年10月分の賃金について正社員との賃金差額を求めて訴訟を提起しました。

最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決

 原告らは、本件訴訟の前にも、被告会社に対して訴訟を提起したことがありました。

 その時は、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金の支給について正社員と扱いが異なることは労働契約法20条(平成30年改正前のもの)に違反しているなどと主張して、被告に対し、(1)労働契約に基づき、原告 X1が被告に対し、上記賃金の支給に関し、正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、(2) 正社員に支給された諸手当との差額の支払を求めました。

 請求している内容は本件訴訟とほぼ同じですが、本件訴訟は無期転換後の契約社員は正社員と同じ労働条件になるという主張に基づくものであるのに対し、前訴では、有期雇用労働者の立場にあった原告らが、正社員と異なる扱いを受けることは、同一労働同一賃金を定めた労働契約法20条に違反する、という主張に基づくものでした。

 最高裁は、無事故手当、作業手当、給食手当及び平成25年12月以前の通勤手当の支給の相違は労働契約法20条に違反し不法行為を構成するとして原審の判断を是認しつつ、皆勤手当の支給の相違については、労働契約法20条に違反するとしました。ただし、原告X1がその支給要件を満たしているか否か等については、更に審理が必要ということで、その部分を原審に差し戻す(この点について再度検討してください、と高等裁判所に指示する)旨の判決をしました。そして、差戻審(差し戻しを受けた高等裁判所)は、皆勤手当についての原告X1の請求を認めて、その支給の相違は労働契約法20条に違反する旨の判決をしました (大阪高裁平成30年12月21日判決)。

 結局、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当、皆勤手当の支給の相違が労働契約法20条に違反するとして、原告の請求が認められたのです。

 この判決を受けて、被告会社は、平成30年10月1日以降、無事故手当1万円、作業手当1万円及び食事手当3500円の合計2万3500円を時給換算した140円を処遇改善費として原告らの賃金に組み入れました。また、平成30年12月1日以降、皆勤手当についても時給換算した60円を処遇改善費として原告らの賃金に組み入れました。

本件訴訟の争点

 再び原告らから被告会社に対して提起された本件訴訟のメインの争点は、

① 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意があったか

② 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則が労働契約法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるか

の2点です。

無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意があったか

 まず、無期転換後の労働条件に関し、原告らは、遅くとも平成30年10月26日の団体交渉時までに、無期転換後の無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則のうち無期契約社員規定が無効となる場合には無期転換後の原告らに正社員就業規則が適用されることについて、被告との間で黙示の合意があったと主張しました。

 これについて、裁判所は以下のように判断しました。

 被告は、一貫して、無期転換後の無期契約社員が正社員になるとは考えておらず、正社員就業規則が適用されるものではない旨回答しているのであって、 無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則の無期契約社員規定が無 効となる場合には正社員就業規則が適用されるといった原告らの考えを被告が了解したと認めるに足る事情は何ら存在しない。
  かえって、原告らは、被告の回答が上記のとおりであることを認識した上で、 無期転換後の労働条件は契約社員就業規則による旨が明記された無期パート 雇用契約書 (書証略) に署名押印して被告に提出しており、原告らと被告との間には、無期転換後も契約社員就業規則が適用されることについて明示の合意があるというべきである。

 本件においては、無期転換後の原告らに正社員就業規則が適用されることについて、被告との間で黙示の合意があったとは認められないと判断されましたが、この点に関しては、個別の事情で判断が異なることになりますので、無期転換後の従業員に正社員の就業規則を適用したくないときには、その旨の明示の合意をしておくことが必要です。

無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則が労働契約法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるか

 労働契約法18条1項には、次の定めがあります。

 同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が5年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする

 この第2文(太字の文)には、無期転換の申し込みによって期間の定めのない契約になった場合の労働条件は、それまでの有期労働契約の労働条件によるのを原則とするが、それについて別段の定めがある部分は除く、と定められています。

 原告らは、正社員就業規則が労働契約法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるとし、したがって、正社員就業規則が原告らに適用されると主張しましたが、裁判所は、以下の理由により、本件の正社員就業規則は労契法18条1項第2文の「別段の定め」には当たらないとしました。

 無期転換後の原告らと正社員との間にも、職務の内容及び配置の変更の範囲に関し、有期の契約社員と正社員との間と同様の違いがあるということができる。
 そして、無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違も、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じた均衡が保たれている限り、労契法7条の合理性の要件を満たしているということができる。
・・・原告らは、 無期契約社員規定の追加により無期転換後の原告らに契約社員就業規則を適用することは、無期転換後は正社員としての地位を得るとの原告らの合理的期待を侵害し、労働条件の実質的な不利益変更に当たるから、労契法10条の類推適用(なお、無期契約社員規定は、原告らの無期転換前から実施されている。) により無効である旨主張する。
 しかしながら、そもそも労契法18条は、期間の定めのある労働契約を締結している労働者の雇用の安定化を図るべく、無期転換により契約期間の定めをなくすことができる旨を定めたものであって、無期転換後の契約内容を正社員と同一にすることを当然に想定したものではない
 そして、無期契約社員規定は、労契法18条1項第2文と同旨のことを定めたにすぎず、無期転換後の原告らに転換前と同じく契約社員就業規則が適用されることによって、無期転換の前後を通じて期間の定めを除き原告らの労働条件に変わりはないから、無期契約社員規定の追加は何ら不利益変更に当たらない

 契約社員が有期から無期に転換されたとしても、職務内容や配置変更の範囲において正社員との間に違いがあることには変わりないから、正社員就業規則ではなく契約社員就業規則が適用されることは不合理ではない、したがって、正社員就業規則を別段適用する必要はないという判断であると要約することができます。

 この判決は、無期雇用の契約社員と正社員との間に職務内容や配置変更の範囲における違いがない場合には、違いがないにも関わらず両者の労働条件が異なるとすれば、そのような定めは無効となる、という意味にも取れます(パートタイム・有期雇用労働者法に定める同一労働同一賃金は、パートタイム・有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の労働条件の均衡を求めるものなので、この定めによるものとは言えません。では、何を根拠に?労働契約法7条の合理性の原則?)。

控訴審?

 おそらく、この判決に対しては、控訴がなされていると思われます。

 また最高裁まで激烈な争いが続くのでしょうか。

 続報があればお知らせいたします。

 

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