Photo by sho_kamafuchi 真夜中の砂浜で 28 紗希 2022年1月20日 20:28 今夜は少し風が強めだ。僕は一人で砂浜に座っている。夜も更けて、花火をして騒いでた連中も、居なくなり、残されたものは、水の入っていた倒れたバケツと眩しいほどに命を燃やし、今は黒い棒のゴミに化した花火の死骸たち。夜が明けたら近くに住む人々が、大きなビニールを持ち、それらを拾いながら、浜辺を元の顔に戻していく。転がったビールの缶、僅かに中身を残したジンの入った瓶。砂に刺した煙草。全く、海水浴場では酒も煙草も禁止だろうが。真夜中。何故、自分はこんな時間に、ここに居るのだろう。砂浜の後ろは、少し高いところに道路があり、走って行く車のライトで、目の前には海が広がっていることが、かろうじで分かる。「家に帰るか」僕は立ち上がり、服に着いた砂を払った。ここから家まで歩いて帰るには時間がかかりそうだ。「のんびりでいいや」歩き出そうとした時。「友也」誰かが僕を呼んだ。「え?誰だ、どこに居る?」「ここよ」女の子の声が聴こえる方を見た。僕が座っていた直ぐ傍に、声の主はいた。辺りは闇に包まれているが、不思議と姿が、よく見える。「雪枝……どうして……」「先に行って待ってても、なかなか友也が来ないから迎えに来たの」「待ってた?先にって……どこで」雪枝は僕の恋人だ。「やっぱり気づいてないんだね」彼女は、そう云って黙ってしまった。「なに云ってるのか全然わからないよ。分かるように話してくれよ」僕の言葉に彼女はためらった表情になったが……。覚悟をしかのように雪枝は話し始めた。「私も友也も、この世界に残ってはいけないの。友也は覚えてないだけで、私達は違う世界に行くの。何故なら」僕は雪枝の次の言葉を待った。いつの間にか、怖くなっている自分がいる。「もう、この世の人間ではないから。友也も私も死んだの」「なに云ってんの?雪枝へんだよ。死んだ?ちゃんと居るだろ、僕も雪枝もここに」「そう思うのは分かるけど、他人からは私達の姿は見えてない」「止めろよ、夏だからって怪談話しか?まるで、僕も雪枝も幽霊みたいじゃないか」「“みたい”ではなくて実際そうなの。友也も私も“魂”だけがここにいて、会話してるの。体は持って無いの。持ってるように見えるだけで」そう云うと雪枝は再び黙ってしまった。僕も何も云なくて、しばらく沈黙が続いた。闇の中、波の音だけが繰り返している。口を開いたのは僕の方だった。「何でだ。なんで僕たちは」「煽り運転されたの」雪枝は小さな声で、そう云った。「夜のドライブに行こうって、私達は車を走らせてたの。そしたら10分くらい経った時、煽って来た車があって、それでわたし」「運転してたのは私なの。怖くてパニックになって、それで」話しながら雪枝の呼吸が荒くなった。「ガードレールに突っ込んでしまって、でも車は停まらなくて、それで、それで」「雪枝、落ち着いて。無理に話さなくてもいいから」「車は下に真っ逆さまに、お、落ちて」僕は雪枝を強く抱きしめた。「ごめんなさい友也、ごめん……」「謝らなくていい。雪枝が悪いんじゃない。いけないのは煽ったヤツだ。だから泣かなくていいんだよ、雪枝」僕がそう云っても雪枝は泣き止まなかった。……自分が彼女なら、きっと同じだっただろう。今夜はやっぱり風が強い。どれくらい経ったのだろう。雪枝はようやく、落ち着きを取り戻した。僕は彼女に訊いた。「それが起きたのは、いつ?昨日?」雪枝は首を横に振り、「三日前」「そんなに日にちが経ってるのか。何で僕だけが、この世界に残ってたんだろう」雪枝が云うには、一瞬で死んだ人間の中には、自分に死んだ自覚が無く、生きていると思い込んでいる人がいるらしい。僕のように。突然、お袋とオヤジのことが気になった。「家の様子を見に、戻ってもいいかな?」雪枝はうなずいた。「ここから歩くと時間がかかる。雪枝は大丈夫か?」「友也、私達はもう歩く必要はないの。直ぐに行きたい場所に、行けるわ」「瞬間移動みたいな感じ?」「そう、それと同じ」「ありがたいって、云ってもいいんだろうか。雪枝はどうする。一緒に行くか?」「私はここに居る」……バカなことを訊くな僕は。雪枝が僕の両親の姿を見たら辛いに決まってるのに。「分かった。じゃあ僕は行って来るから、待ってて」「大丈夫だから。行ってらっしゃい」僕は頷くと、目を閉じて、家を想像した。次に目を開けると僕は家の玄関に居た。廊下を通り、仏間に行った。部屋の中が花だらけだった。親戚や友人、学生時代の同級生一同……仏壇の前に、お袋が座っていた。部屋が線香の煙で白っぽい。お袋は、悲しそうに僕の写真を見ていた。その顔を見ていたら、僕は自然に涙が流れた。お袋、本当に……ごめんなさい。最低な親不孝をした息子だ、僕は。オヤジは庭にいた。二人共、こんな真夜中でも起きてくれてるんだ。僕はそっと、お袋の肩に手を置いた。 ありがとうございました「お、お〜い、母さん」「お父さん、そんな大声で。時間を考えてくださいよ」「いいから、早く来てみろ」お袋が庭に出ると、オヤジが一つの鉢植えを指差した。「どうして……」お袋も、驚いている。お袋は薔薇の花が一番好きだ。中でも〈マチルダ〉という白薔薇が大好きな人だ。白薔薇なんだけど、薄いピンクが混ざっている花。「雪枝、待たせて悪かったな」「そんなことないよ。会えたの?」「ああ、会えたよ、ありがとう。それじゃあ行こうか」僕と雪枝は手を繋いで、顔を見合わせると真夜中の砂浜から……消えた。「な、不思議だろう、母さん」「このマチルダは、最近あまり元気がなかったのに」「オレが見ている前で、花が見る見る開いたんだ。びっくりしたよ」お袋は、ハッとした様子になり、庭を離れると門の外に出た。「友也……」満天の星空に、流れ星が二つ、尾を引いて消えていった。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する この記事が参加している募集 #眠れない夜に 77,176件 #眠れない夜に #自作短編小説 #夜の海 #白薔薇 #迎え 28